素晴らしい音楽を聴いてもその感動を単に「よかった」としかいえないのは、語彙が足りないから
★★★★☆
中央公論社の2010年新書大賞3位というので手に取った。著者は大学の先生で音楽論が専門。
音楽は誰にとっても身近な存在ではあるが、音楽の感動を言葉で表現するのは意外に難しい。ともすれば「聴く」ことだけになりがちだが、音楽は「する」と「聴く」と「語る」がセットになってこそ本当の醍醐味が深く味わえる、というような趣旨である。
素晴らしい音楽を聴いてもその感動を単に「よかった」としかいえないのは、語彙が足りないから。そして語彙とはすなわち「世界」そのもの。3歳児は3歳児の語彙でしか世界を把握できない。したがって音楽を語るとは音楽の語彙を増やすことであり、それはあたかもあたらしい言語を学ぶのと同じである。そのジャンルの歴史を学び、たくさんの曲を聴き、そうして型を身につけてはじめて、その音楽をより深く味わうことができる、ということなのだろう。
音楽はここにおいては哲学の「素材」のひとつである。ワインでも料理でもお茶でも陶芸でもなんでも「言葉で語る」ことが重要なのだということを再認識させられた。
カルロス・クライバーのリハーサル
★★★★☆
この本を読んでいるとシューベルトのピアノソナタのCDを買いたくなったり、ショパンのエチュードを聴き比べたくなってきます。それだけでも読者を惹きこむ書き手のうまさがわかります。難しい概念をやさしく読めるように書く手法はみごと。
特に私は本書を読んで(ベートーベンの交響曲演奏が伝説的に有名な)カルロス・クライバーのリハーサル風景を見たくなったのですが、なんとYouTubeにアップされていて本当に楽しめました。ますます音楽づくりの深さに感銘を受けています。
Musik als Klangrede
★★★★★
音楽の聴き方 岡田暁生著 副題;聴く型と趣味を語る音楽
を読みました。
しばらく前にアーノンクールの「響きの言葉としての音楽(Musik als Klangrede)」を読みましたので、それとどうつながるのか興味を持って読みました。内容は、まともで、共感するところが多く、また、大変参考になりました。
私のゴールドベルク変奏曲のページで;
http://www.geocities.jp/imyfujita/goldberg/index.html
「知」の音楽というからには、音楽の作品が「知」の対象として扱う、あるいは扱われる必要があります。それでは、「知」の対象として扱うにはどうしたら良いでしょうか。コンサートやCDの演奏評のように「虚飾を排した端正な演奏」とか「いささかも毛羽やほこりが付着せず、くっきりした輪郭を描いて気持ちがいい」とか、「謹厳で集中的というより、外に向かって開かれたいきかた」とか「音楽を自分のピアニズムに引き寄せると同時に、作品の内的世界に深く分け入っている。」とかいって、分かったような分からないような表現や扱い方では、「知」を標榜する姿勢にはなりません。
・・・というようなことを書きましたが、岡田暁生さんもその姿勢に近いように思います。もちろん私と違って専門家ですから、掘り下げる深さは比較になりません。面白かった。
でも、30歳前後でシューマンのクライスレリアーナをなんとも感じなくなった、というのは本当にお気の毒です。私は始めてホロヴィッツで聴いてから30年経った今でも、胸のざわめき無しには聴けません。
「聴く」ということをとことん考えぬいた一冊
★★★★★
「音楽の聴き方」といっても、まぁ8割はクラシック。
当然、それなりにクラシック好きでないとあまり楽しめないかもしれません。
だが、それがもったいないと思えるほどの深い内容。
音楽を聴くということとは何かについて、目からウロコの考察が満載です。
「なぜ、人は自分が好きな音楽をけなされると腹が立つのか?」
「持ち運びができるようになって、音楽はどう変わったのか?」
「なぜ音楽の基本知識や歴史的背景を知らねばならないのか?」
「着メロは音楽としてどうなのか?」
こんな興味を引く話題が、とにかく次々と出てきます。
私が何よりも面白かったのが「アマチュア」についての考察の章。
音楽というものは、かつては愛好者(アマチュア)自らが「演奏するもの」だった。
それが「演奏するのはプロ」「その他は聴くだけ」となってしまった現在の視点で、百数十年以上前の音楽を解釈しようとすると、そこには大きなズレが生じる・・・。
この視点は、今まで持ったことがなかっただけに、非常に面白かった。
そんな「なるほど!」と思わせる視点が満載です。
前述したようにクラシック好きでないとなかなか手を出しにくいですが、ぜひ読んで欲しい一冊。
ワインを味わうように、音楽を聴くための道案内
★★★★★
本書では、「名盤CD、レコード」が紹介されているわけではなく、「音楽家・演奏家のエピソード」が出ているわけでもない。
したがって、「お薦めCD」等を求めて本書を読んだ方は、肩すかしを食らう羽目になろう。
だが、本書を閉じるのは、ちょっと待って欲しい。
本書を最後まで読めば、音楽を楽しく聴き、語るためのヒントが、そこかしこにちりばめられているのに気づく。
せっかく、良い音楽を聴いても、「あー、良かった」でおしまいにするのは、勿体ない。
ワイン通がワインの味を、ラーメン通がラーメンの味を豊かに語るように、
音楽だって、それを語る言葉を持っていた方が、きっと楽しくなる。
本書は、音楽を語る言葉を身につけるための、道案内のような本である。
対象はクラシックが中心だが、クラシックに限らず、音楽に興味を持つなら、きっと読んで損はない。