短い通勤時間の読書には不向き?
★★★★☆
読みだしころは、Kathyの淡々とした語り口と、Hailshamでの出来事に、どんな物語性があるのかよくつかめず、なかなか入りこめませんでした。
短い通勤時間に読んでいたんですが、興味が持てなくなり、会社に置きっぱなしにしたくらい(笑)
けど、しばらくしてちょっと長い待ち時間のトモに読みだしたら、一気に中盤まで話が進み、そこからはドラマに引き込まれ、気づいたら予想が全くできない展開に辿り、最後はとってもショックでした。
予備知識がなかったので、この本ってラブストーリー?スリラー?なんて思いながら読んでいましたが、まさかSFでもあったとは。。。
個人的には、ちょこちょこ通勤時間などに読むより、わーーっと一気に読んだほうが、もやもやせず、一気に楽しめるタイプの本だと思います。
読み終わると、Hailshamでの章における、何かよくわからないなー、と思っていた箇所こそストーリーの重みを感じ、また、Kathyのどこか醒めた、第三者的な表現が切なくなってしまい、読み返してしまいました。
続けて2回読んだほど、素晴らしい。
★★★★★
私は何の予備知識も無く本書を手に取ったので、初めのうちは英国の孤児院を舞台にした話かと思っていたが、
読み進めるうちに段々と普通でないことに気付き、やがて子供達の驚くべき運命と様々な謎が明らかにされていく。
どこまでネタばれして良いのか悩んでしまうので、本書の素晴らしさを伝えるのは非常に難しい。
本書のテーマについては、大野和基氏のホームページの中のイシグロ氏へのインタビューにおいてかなり詳しく述べられている。
そこでも、本書はネタばれもからんでしまうので書評を書くのが難しいだろう、という様な事が著者自身によって述べられている。
その一方で、イシグロ氏は、「この小説は最初から読者が結末を知っているかどうかは重要ではない」とも語っている。
私は本書を続けて2回読んでしまったのだが、2回目の方がより深い感動を味わう事ができたので、確かに著者の言うとおりかもしれない。(一冊の本を続けて2度読むなんて事は今までなかった!)
本書の題名にもなっている「わたしを離さないで」という曲に合わせて少女時代の主人公が踊り、マダムが涙をうかべて見ている場面は非常に心を揺さぶられる。また、その時主人公とマダムがそれぞれどう思っていたのか、読者によって様々に解釈されるであろうという意味でも非常に奥の深い場面だと思う。
ちなみに「わたしを離さないで」という曲もジュディ・ブリッジウォーターという歌手も私は知らなかったのだが、ネットで調べてみたところ、ちょっとした驚きがあった事を一応付け加えておく。
よい作品だけど、最高傑作とは言いがたい
★★★★☆
本の帯に柴田元幸氏が現時点で最高傑作と書かれていたのを見て、期待して読んだが、自分はそうは感じなかった。正直言って、「日の名残り」を超えてないし、「わたしたちが孤児だったころ」の方がよい作品に思えます。
ヤングアダルトに読ませたい成人図書、アレックス賞も受賞したと帯に書かれているのですが、なんかずれているように思えます。
所詮ありえないクローンの若者達に感情移入して、自分達がいかに自由で恵まれているとは思い込めない。
作品に主役のキャシーがルースという、わがままで自分勝手な女性といつまでも友人関係を続けているのも疑問です。散々振り回されているのに、どうしてもっと早い段階で距離を置かない?それには相当の理由があってもよさそうだと思ったのだが・・・。
マダムや展示館やその他の保護官の度重なる不可解な出来事が興味をそそられるが、
その割にはオチが平凡すぎた。
それと、彼らの生い立ちについてが疑問を残したまま。
もし途中に「親」を捜しに行くエピソードがなかったら、気にならなかったけど、
彼らはどうやって選ばれてクローンになったのか、ここは結構重要ではないかな?
クローン人間などと・・・。
★★☆☆☆
端的に言えば、クローン人間候補を介護するストーリーだが、本来なら中心として描いてほしいクローンに関するところをほとんど描いておらず、代わりに実にさまつ、かつどうでもいい日常をだらだらと牛のよだれのように描いている。例えば、はしゃいで周りのガキ共からイジメられている風景や、展覧会に出品する品についての顛末、いついつにセックスしましたという報告・・・。おいおい、早く事の核心に迫れよと強く思わされる内容となっていた。これはもはやSFでは無く、「介護日記」どちらかといえば、これから介護や福祉の方向へ進もうと思っておられる方々に、介護にまつわる大変さを学習するうえで有意義となる内容だ。
現代のFrankenstein
★★★★★
Kazuo Ishiguro はスタイルやテーマを一作ごとに変化させ、一か所に自分のスタイルを決めこんでしまうことがないが、じんわりと心に響くことは共通である。この作品はMary ShelleyのFrankensteinの流れを継ぐクローン人間の話である。心を持ったクローン人間たちが、自分たちの知らないところで進んでいる科学の流れに押し流されながら、抵抗もできずに運命に従って行く過程が描かれている。生産されてから、臓器提供で完結する一生のなかでの生活が、寄宿舎での生活、友情、自分の出所や将来への疑問、運命を知っていながらも残る生への渇望そして従順などとして、描かれている。人間の延命のための必要悪として、どうしようもない悲しみを背負ったクローン達の生活が抑えられた表現,常に静かな雰囲気の中で進むので、それだけ恐怖がじわっと感じられると共に、人間はどこまで科学を推し進めることが許されるのかとも考えさせられてしまう作品である。ほんの一部の人間たちがクローンの状況に心を痛め、改善努力をしているのがでてくることは慰めであるが、彼らとても科学の発達の勢いに,なすすべをなくしていく。クローンがもう現実のことであるから、単なるSFであったFrankenstein よりも恐怖が募るとともに、現代の我られに、問題提起をしている作品である。