アヘン取り引きに絡んでいたイギリス人ビジネスマンの父親が上海の自宅から突然姿を消したとき、9歳のクリストファー・バンクスは友だちのアキラと探偵ごっこに夢中だった。「中国人街のうさぎ小屋のような路地で追いかけっこや殴り合い、撃ち合いをしたあと、詳細は違っていても決まって必ず、ジェスフィールド公園での壮大な儀式で探偵ごっこは締めくくられた。その儀式で僕たちは、一段高くなった特別ステージにひとりずつ上り…拍手喝采を送る群衆に向かって挨拶するのだった」
次いで母親までもが行方不明となったクリストファーは、イギリスへ送られることになる。2つの世界大戦に挟まれた時代を彼はそこで過ごし、やがて「自称」有名な探偵になる。しかし家族を襲った運命が彼の頭から離れることはなかった。クリストファーは懸命に記憶をたどり、両親の失踪に何らかの意味を見出そうとする。そして1930年代末、彼はついに上海に戻り、自分の人生において最も重要な事件の解決に乗り出すのだった。しかし調査を進めるにつれ、現実と幻想との境界線は次第にあいまいになっていく。彼の出会った日本兵は本当にアキラなのか。両親は本当に中国人街のどこかに監禁されているのか。そして、何か重要な祝典を計画しているらしいグレイソンというイギリス人の役人はいったい何者なのか。「まず何よりも先にお聞きしたいのはですね、儀式の会場をジェスフィールド公園にすることでよろしいかということです。なにしろ、かなり大きなスペースが必要となりますのでね」
『When We Were Orphans』でカズオ・イシグロは、犯罪小説の伝統的な手法を用いて、少年時代のトラウマが落とす影から逃れられないでいる困惑した男の心情を感動的に描き出している。シャーロック・ホームズは推理の際、泥のついた靴や袖についた煙草の灰といった断片的な証拠で事足りた。しかしクリストファーに残されたのは消えゆく遠い昔の記憶だけ。彼にとって、真実はもっとずっと捕らえ難いものだった。小説は一人称で書かれているが、クリストファーの慎重に抑制された語りには冒頭からほころびが見られ、彼を通して見る世界が必ずしも信頼できないことを暗示する。そのため読者は、自らもまた探偵になることを迫られ、クリストファーの記憶の迷路を真実のかけらを求めてさまようのである。
イシグロはもともと派手な弁舌に走る作家ではない。しかし、この作品に漂うもの静かなトーンは、かえって強く感情を揺さぶってくる。『When We Were Orphans』は見事なまでにコントロールされた想像力の傑作である。そしてクリストファー・バンクスは、著者の創造した人物のなかでも、最も印象的なキャラクターのひとりと言えるだろう。
文芸サスペンス!?
★★★★☆
「イギリス生まれのイギリス人より美しい英語を書く日系作家」と友人に薦められ、最初にThe Remains of the Day(89年ブッカー賞受賞作品)を読んで感動しました。イシグロの作品を読むのはこれで3冊目です。稀代のストーリーテラーと評されるほど、物語の筋が面白いためサスペンス作家と呼ばれることがあるようですが、素晴らしい情景や人物の心象描写などを備えた文学作品です。
有名人を追いかける尻軽女と思われたサラ・ヘミングスが名士のパーティに強引に入り込みます。客が少なくなった会場のバルコニーで、彼女が夜風に吹かれながら主人公のクリストファー・バンクスに自分が孤児だったことを話す場面が好きです。ロンドンの名探偵となった主人公は後半、失踪した両親を探しに上海に戻り、そこで失踪の経緯が明らかにされます。ここでの展開はやや突飛に感じられる部分もありますが(私の英語読解能力の問題もあります)スリル満点です。
イシグロの作品は比較的平易な文体で書かれており、ストーリーも面白く文芸作品としての感動も味わえるのでお薦めです。アメリカ英語に慣れた私には、イギリス的な上品な会話表現にも楽しみを見つけています。また特定の歴史を背景に書かれている場合が多く、この作品も日中戦争(日華事変)下の上海や往時のイギリスの状況が描かれていて興味深い。サルマン・ラシュディなどとならぶ外国生まれの英国人作家の代表であり、日本人として誇りに思うイシグロをあなたも是非英語で読んでみてはどうでしょうか。一番のお薦めはThe Remains of the Dayですが。
幻想的な余韻
★★★★★
何年も前に誘拐された両親を探しだす、しかも間には戦争が勃発。
ただでさえ、混沌とした当時の上海で、見つけ出すなんて、何を非常識な。と思いながら読んでいたのだが、ましてや、スラムと化した戦地の空き家に今も両親が拉致されているって考える、主人公。登場人物もそれに疑問をもつことなく、捜査をはじめるので、感覚がおかしいのは自分の方かと思った。ここでかなりの困惑を読者に持たせることが狙い?
そしてあんなに見つけ出すことに執着して、責任を持って命を救うとアキラに約束したのに、あっさり、引渡し、何もなかったように、アキラについてその後言及しない。
読み終わった後は、不思議な余韻に包まれた、そもそも本当にアキラだったのか怪しい。極限状態の二人には正常な判断ができない?
ましてや、なんだかそもそも本当にそんな危ない地域を二人で進んだとういうそんなシーン事体、あったのか?幻覚をみせられたのは、読者である私の方だったのか?
なんとも不思議な感覚を読書後に覚えました。
ブッカー賞作家、カズオ・イシグロが綴る「追想」の冒険譚
★★★★★
英語圏で最高の権威を誇る文学賞「ブッカー賞」を『日の名残り』で’89年度に受賞した、現代英国文学界を代表するカズオ・イシグロの’00年発表の第5長編。
おもな舞台は不安定な中国情勢・国際情勢の中での上海の外国人特別区“租界”。‘わたし’ ことクリストファー・バンクスは10才の時、父母が共に謎の失踪を遂げて孤児になった。長じて父母を捜すために探偵となり、数々の難事件に関って名を成し、社交界にデビューする。
本書は、全部で7つの章から成り立っていて、それぞれ1930年、1931年、1937年、1958年と、異なる時点から過去を振り返る‘わたし’の「追想」小説である。少年時代の父母の思い出、隣家の日本人少年アキラとのいたずらなどの遊びの思い出、名を成してからのサラ・ヘミングスとの淡い恋、養女ジェニファーとの関係などが抒情的・自省的に綴られてゆくが、常に‘わたし’の心にあったのは父母を探し出し、救出することだった。第6章の1937年時の追想は日本軍と中国共産軍、蒋介石の国民軍が入り乱れる上海の戦闘区域で、負傷した日本軍兵士であるアキラと再会して父母を救出するべく執念の探索行が描かれている。このくだりは圧巻であり、リーダビリティーにあふれている。そしてついに明かされる衝撃の真相と、それを知ったのちの‘わたし’のなんとも名状しがたい心の動き。
本書を探偵小説と見るむきもあるが、私は‘わたし’の記憶と過去をめぐる切ない青春小説であり、「追想」の冒険譚であるように思った。
ところでタイトルの『わたしたちが孤児だったころ』であるが、なぜ「わたしが・・」ではなく、「わたしたちが・・」なのだろうか。ここに、読者を物語に巻き込むイシグロの意図がうかがえるような気がする。
ミステリーという垣根を越えて。ともかく前向きな生き方が素敵!
★★★★☆
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)
1900年代の初め、
上海で両親と共に豊かに暮らしていたイギリス人の少年クリストファーは、
立て続けに両親が失踪するという奇妙な事件に遭遇する。
以来、イギリスに帰国し、
名門大学を出て、順調に探偵となり、
社交界にデビューする一方で
養女を養うほど
知性と富と慈悲にあふれた人柄を備え、
人生を歩み始めている。
(欠点は女性が苦手なところ。)
そんな彼が自分の不確かな記憶と探偵としての資質を武器に
両親の失踪の秘密を探り、
彼らを捜し出そうと再び(日中戦争が勃発しようとしている)上海を訪れる。
荒削りだけれど、自分の成し遂げようとする事柄に、
後先考えずに真正面から向かっていく主人公が、
なんだかほほえましく
ミステリーという垣根を越えて、
楽しく文字を追いました。
さらにエンディングの
探し出した母と母の環境に理解を示し、
養女の提案を曖昧に享受していく箇所は物語の終点にふさわしく穏やかで素敵。
Posh but distorted life in foreigners' settlement in pre-WWII Shanghai
★★★★★
This book reminded me of the feeling that I felt when I first knew Britain's foreign policy toward China during the early 20th century. It was too pitiful for me to read without anger emotion that Britons spent a luxurious life in their settlement by using money earned by selling opium, while local Chinese were getting to be suffered economically and physically by buying and smoking opium. In this story, some conscientious British people bravely stood out against the opium trade - I hope this was based on the fact - but their voices were muffled in overwhelming mammonism. It was interesting that communism, which was believed to be inferior to capitalism, was able to succeed in eradicating the opium addict only in a handful of years just after the WWII. This novel skillfully teaches us that capitalism also has its dark side that is moral ignorance.