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身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)

価格: ¥1,019
カテゴリ: 単行本
ブランド: 日本放送出版協会
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身体と繋がる意識とココロ ★★★★☆
 「自然身体のつくり方」を読んだ勢いで、続けて
本書を読んでみました。身体についての文化と歴史、
そして、斎藤先生の基本的な立ち位置が分かるとても
満足感の高い一冊でした。
 思い込みの身体論ではなく、バランス良い視点で
書かれているのが何よりの特徴かと思います。

 本書では、戦後私たち日本人の身体と文化に大きな
変化が起こったことを再認識させてくれますが、
それだけには留まりません。意識化と習慣化によって
身体や感覚というのは、随分と磨かれ変化するのだと
丁寧に教えてくれます。本書と「自然体のつくり方」
は、是非セットで読んで欲しいなと思います。

 先人たちのすぐれた文化や精神を次に繋いでいく
ためにも、まずは自分が自然体を身に付けることに
気付かせてくれる良書でした。
健全な教育のために身体感覚を取り戻す ★★★★☆
 教育学者として有名な斉藤孝氏が、「腰が強い」「はらを決める」というように日本語に定着していながら、戦後日本ではおろそかにされてきた「腰・ハラ文化」の衰退を惜しみ、精神論ではなく身体感覚としての腰・ハラ文化、言い換えればカラダの中心感覚を再生させようと提言する。そのために、かつての日本人が共有していた、立ち方・座り方・歩き方・呼吸法を、古写真や身体技法実践者の手記などを引用してわかりやすく説明し、日本人が持っていた型としての体の動きを継承すべき優れた文化遺産だと述べる。

 もちろん、日本人を取り巻く身体的環境(和服・たたみ・木造住居・肉体労働中心の生活等)が、昔と今では全く変わってしまった以上、昔の身体文化を素晴らしいと持ち上げても無意味で、単なる懐古趣味でしかないと批判することも可能だ。しかし教育論の視点から見ると、健康な精神は健康な身体に宿るという喩えもあるように、健全な身体を育てるためにこそ、著者を見習いかつての日本人がその身体の中に記憶していた知恵を有効に活用することが大切だと思う。
身体文化のルネサンス ★★★★★
20世紀というのは合理化の時代だったのだと思う。知識は抽象化されて大量の情報となって世に溢れかえり、行為は機械化されて影響を及ぼせる範囲が広がり、身体は単に自らを制約するものとしか捉えられかねなくなってしまった。いわば精神の勝利という訳だが、それは同時に肥大化のプロセスでもあった。デカルト流の心身二元論が浸透し、脳や「こころ」がとりはやされるようになったのはごく自然な流れだろう。もちろん、抽象化も機械化も科学技術の進歩の賜物であり、いまさらその便益を享受しない生活に戻ることは出来ないし、誰も望みはしない。

しかし著者は、そうした合理化こそが心身の合理性を損ねてきたのではないかと問い、戦後急速に失われた日本の身体知のありよう―具体的には「腰とハラ」、「基本動作」、「からだ言葉」、「型と技」、「息づかい」―を、豊富な写真とともに読者に再発見させている。どの逸話も読んでいるだけで自然と居住まいと正さずにはいられなくなるだけでなく、自分がこれまでに施されてきた躾や教育の意味するところやありがたさを再認識させてくれる。一方で、その伝授に必要な文化的インフラが、時代の趨勢に合わなくなったり失われてしまったりしている部分があることもまた確かだ。

そこで著者は、時代に即した新しい「身体の乗りこなし方」の教授法を編み出すことを試みる。その成果の一部はその後の著者の豊富な著述活動から一目瞭然だが、その全ての原点が、こうした身体に関する問題意識にあったことがよく分かる。学術的にはまだ未成熟なのかもしれないが、怪しげな神秘主義でも古めかしい復古主義でもない、現代の世相や科学技術とも相容れるような身体知の復権を望みたい。
意識しにくい身体感覚を意識しやすく ★★★★☆
身体感覚を感じる為には、あらゆるメターファーの積み重ねが必要だが、その活動の元になる呼吸=呼吸法を日本(アジア)の腰肝文化を紹介しながら、著者が実践したことを紹介してある。 心理学でいうところのメタファーの本か・・・
以前に呼吸法について書いてある本を読んだことがあったけど、内容が全般的にそれに似てたのですんなり読めて内容も分かりやすかった。

渾身の最高傑作!!! ★★★★★
筆者は本当に多くの著作を次々に出され、その多くが現代の病巣(主に教育問題)を抉り出し、解決策の一端を提言するものであるが、この書で語っている事は最も重要な事の一つであるといってよい

現代社会においての多様な問題を考えるとき、その多くは現実に生きている感覚の欠如にあるのではないか
地に足が着いていない、ハラがすわっていない身体・・・なんとなく生きているなんとも居心地の悪い感覚こそその病巣の根源ではないだろうか

本書は身体感覚というコンセプトを用いて、いわゆる昔の日本人が有していた身体文化、そして腰、ハラといった身体感覚が現代では衰えきっていることを述べた上で、再びその感覚を取り戻すべきであると提言している

これは現在の脳教育ブームにも一石を投じていると思う。右脳が大事だからといって右脳だけを開発するのでは人間としてアンバランスなように、脳だけに着目するのでは片手落ちなのである。やはり脳も人間の身体の一部と捉え、身体面の特に身体感覚を磨くことが、ひいては全脳教育に大きく貢献することになるという真実をもっと広く知り、実践する必要があるように思う。

本書は人が生きていくこと、また人を育てる上で見落としがちになってしまう部分について気づかせてくれる筆者”渾身”の最高傑作である
そこどこ、そこどこ、よいでしょう。そこ… ★★★☆☆
そこどこ、そこどこ、よいでしょう。そこどこ、そこどこ、よいでしょう。