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蒙古襲来―転換する社会 (小学館文庫)

価格: ¥1,050
カテゴリ: 文庫
ブランド: 小学館
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炸裂 ★★★★☆
武士と農民という標準的な日本の歴史像が成立していく様を描きつつ、のうねりを叙述しながら、それを内側に含みながら天皇と被差別部落という日本の歴史・社会の2つの大きなテーマにまで鋭い視線を向けている。ただし、本書では通史という枠内なので、あまり多くの叙述はない。
取り上げている時期が北条氏の権力確立と後醍醐天皇の討幕というのも面白い。
一方、政治権力が土地の裁判をベースに組み立てられていた時代というのはなかなかイメージしづらい。御家人、御内人、守護、地頭というのもいったいどういう意味なのか直感的に分かりにくい。高度な歴史知識が必要で、すらすら読める本ではないが、人物の内面にまで肉薄しようとする迫力は読む価値がある。北条時宗も若いヒーローというより長老に支えられる、神仏に護国を祈願する線の細い人物に感じられる。
元の日本侵攻が失敗した主因として、朝鮮を含む混成軍のまとまりのなさを挙げており、新鮮であった。歴史学としては通説なのかもしれないが、あまり知られてないような気がする。  
網野史学の胎動 ★★★☆☆
 本書の元本の初版は、1974年だそうです。この時点
で既に、供御人を中心とした非農業民や強盗などの悪
党と海賊、後に網野史学と呼ばれるものの主役、脇役
達が顔を揃え、同時に東国と西国、未開と文明、無縁
や公会などその主要なモチーフも記述されているのに
は、驚きました。
 その頃のわたしは、しきりに色川大吉、安丸良夫、井
上幸治などの諸氏の民衆史と呼ばれる著作を読んでい
ました。それは今思えば、講座派やウエーバーの焼き直
しに過ぎなかったのでしょうが、当時はそれが人々の顔
の見える歴史学に思えたのです。まさしくその時に、そ
れらを丸ごとひっくり返してしまおうという学問が胎動し
ていたとは、夢にも思いませんでした。
 それはともかく、そのような余剰分を除いても、中世世
界の矛盾(この中身が、必ずしもはっきりしないのがもど
かしいのですが)を動因として、幕府、公家、寺社が相
互に浸透しながら、それぞれに転換していくダイナミズ
ムの叙述は、読み応えがあります。それは結局、著者
が(本人は不本意でしょうが、)歴研の流れを汲む「真
当な中世史家」(色川大吉「網野善彦と『網野史学』」)
だったからだと思います。
 最後に、小路田泰道の追悼文(「網野史学に立ち戻
る」)の一節を掲げて結びとします。

 網野史学に戻る価値はあるのだろうか。ある。(中略)
そこに唯一、この国の歴史を西洋史のように描かなかっ
た、深い自己省察をもとに描いた、お手本があるからで
ある。この国の歴史学を初めて科学にする扉が、そこに
開かれているからである。
網野史学の原初的根源的問題意識 ★★★★☆
この本の書誌について一言しておく。元来、本書は
小学館「日本の歴史」シリーズ(全32巻)の第10巻と
して1974年9月に刊行された。当時、著者は名古屋大
学に勤務していた。シリーズ本の一冊という事情から
本書は北条時頼政権から「鎌倉幕府」滅亡までの通史
という体裁をとっている。「鎌倉幕府」と括弧を付し
たのは網野氏が「ほろびたのは幕府ではなく、もとよ
り御家人でもない。」と書いているから(590頁)。
では何が滅んだのか。得宗と北条氏の権力なのであ
る。本書はその後、小学館ライブラリーへ'92年6月に
収められ、2001年1月に小学館文庫へ収められること
となった。本レビューはこの小学館文庫版に対して
為されている。
本書の背景として中沢新一は米原子力空母エンタープ
ライズ寄港阻止闘争('68年1月)での学生の投石を挙げ
る(『僕の叔父さん網野善彦』)。この事件で投石とい
う行為に人類の根源的衝動を見出した中沢厚に触発
されて、飛礫に関する史料を網羅的に検索したことに
本書の起点がある。であるから「はじめに」で飛礫に
触れることになるのである。
もう一つの特色は芸能者などを取り上げた「社会史」
にとって大きな書でもあるということである。
網野氏が社会史という概念を自らの専門として好んで
用いなかった為、括弧を付したが、本書が政治史では
ないことは一読すれば即了解できよう。
この人類の根源的衝動は間違いなく網野氏の生涯を
通じた問題であったと言えよう。
元寇の影響は小さかったのでは? ★★★★☆
タイトルは『蒙古襲来』となっているが、元寇を中心に記述されているわけではない。この著者からすれば幕府側からの視点が多い、日本の中世像を描いた著作と言えるだろう。

この時期は日本にとっての大きな転換期で、それは蒙古が襲来しなくとも成されていたことであり、タイトルとは逆に、元寇の影響など小さかったのではないかというのが私の抱いた印象である。

いずれにしても、義務教育から学んだものとは違う日本の中世像を本書から知ることが出来る。ただし、この著者の他の著作にも言えることだが、読むに当たってはある程度の予備知識が必要である。

一篇の叙事詩 ★★★★★
 蒙古軍敗北の一因が「専制的な強制によって建造された船、とくに江南軍の船は、中国人の船大工が手を抜いたといわれるほど弱かった」(p.293)というのも面白かった。そして網野さんは「この外寇が、一夜の暴風によって終わったことは、はたして本当の意味で、日本人にとって幸せだったろうか」「不徹底な結末は神風という幻想を遺産としてのこし」「七百年前の偶然の幸せに、つい五十年まえまで甘えつづけていた」のだから、と疑問を呈する(p.295)。

蒙古襲来時の執権、時宗は夭折したが、その原因は有力者安達泰盛と平頼綱の対立による心労ともいわれている。時頼の「撫民」政策を強力に推し進めようとした安達泰盛は「弘安の徳政」と呼ばれる政治を行おうとするが、鎌倉武士お得意の内輪もめによって、平頼綱によって滅ぼされ、またその頼綱もヤル気のなさを嫌われて殺されてしまうという血塗られた歴史の中で、得宗独裁が強まる。しかし、それは権力者の弛緩を生み、やがて14代高時で滅亡を迎えることになる。

まさに一篇の叙事詩。