芥川龍之介はなぜ。
★★★★★
主人公である大学生の「私」が、
探偵役である噺家・春桜亭円紫と
日常の謎を解き明かす人気シリーズ。
人が死なない推理小説として有名でもあります。
今回の謎は、芥川龍之介はなぜ、
短編 『六の宮の姫君』を書かずにいられなかったのか?
「あれは玉突きだね。...いや、というよりはキャッチボールだ」という
芥川のセリフを発端に始まる主人公の文学的探索は、まさに思索と発見の繰り返し。
盟友・菊池寛との関係や『今昔物語』、『沙石集』との結びつきなど、
ひとつの短編の背景には思いもよらなかった世界が広がっていました。
本編中、「何ごとかを追求するのは、人である証に違いない」とありますが、正に。
面白いのはもとより、本を読むことが何より好きな僕にとって
「本という海」の深さに目が眩む思いがした1冊です。
この秋、何を読もうかな...と思っている人、
そしてちょっと文学好きな人はぜひぜひおすすめです。
読後、目の前の世界が少しだけ美しく見えますから。
よくぞ出版できました(良い意味で)
★★★★☆
読み始めるまでここまで込み入った話とは思いませんでした。
「六の宮の姫君」をめぐる探求は、勉強が楽しい時のような、読んでいる側も知的エネルギーを消費する、不思議な本でした。
普段の読書とは違う体験ができましたが、苦手な人もいるかもしれませんね。
本書は卒論と絡んでいますが、卒論としては情熱的で格段によく調べてあるけれども、学術的な価値はそれほど無いのかもしれないと思います。
でも、そんなこと気にしないで、主人公と一緒に本の虫になりましょう♪
作者の異色のたくらみに、感心しきりです。
知的好奇心を満たす文学ミステリー
★★★★☆
『空飛ぶ馬』『夜の蝉』『秋の花』に続く「円紫師匠と私」シリーズの4作目。
北村薫のミステリーは、殺人事件など起こらないのに本格的な推理仕立てになっているからこそ人気があると思っています。
国文学専攻という「私」の探究心には感心します。大学の先輩、円紫師匠の博識ぶりにも驚かされますが、芥川を真正面から取り上げてミステリーにした北村薫の勇気を買いたいと思います。
本書は3回目の通読になります。初出直後は文学評論や文学史の解説という風変わりな展開にいささかついていけなかったわけですが、その後時をおいて再読するとこれほど凝った展開を構築した作者の手腕と知識を評価しないわけにいかないでしょう。
芥川を取り巻く大正時代の文学界の交友関係から浮かび上がる「あれは玉突き・・・いや、キャッチボール」という言葉の意味の面白さ。
往生絵巻から題材を得た「六の宮の姫君」執筆の経緯は、大正時代の文学界の潮流も浮かび上がらせました。北村薫の早稲田大学第一文学部での卒論のテーマが芥川と菊池ですので、本書のベースは作者の卒論の執筆過程からすでにあったということになります。
芥川を取り巻く人々の作品も含めて、丁寧に原作を探し、交友関係の確認のため、往復書簡を全集で確認する作業など論文作成の鏡ともいえます。
この文学の謎を掘り下げていく過程が知的好奇心を満たすわけですが、一方で文学史の論文のように感じられると離れていく読者もあるでしょう。読み手を選ぶ作品でした。
円紫さんシリーズでは最高傑作
★★★★★
芥川の「六の宮の姫君」についての解釈の仕方が斬新だった。こんな読み方もあるのか、という本当に新鮮な驚き。読書好きの「私」を主人公にした設定が最高に生かされていて、読んだ後はしばらく呆然とした。で、芥川はほとんど読んでいるが、なぜか菊池寛は読んでいないという、目をそらし続けいてた厄介な事実を、改めて突きつけられたんだよね。実は、いまだに目をそらし続けている。何だか踏み込んではいけない領域のような気がするんだなー、何でだろう。
本好きな人必見!異色のミステリー♪
★★★☆☆
殺人事件など起こらない。探偵も刑事も登場しない。だが、この作品は
立派なミステリーだ。ただし、異色中の異色だが。「六の宮の姫君」の
作品に対して遺した芥川の言葉の真意は何か?交友関係のあった菊池寛
らの作品や書簡、日記などから探られる真実。さまざまな資料が読まれ、
検討され、芥川が関わりを持った人たちが浮かび上がってくる。その数々の
事実は、本好きの人たちの心を間違いなくワクワクさせることだろう。
同時に、作者の緻密な調査やその推理力に驚かされることだろう。本を
好きな人にはぜひ一度は読んでもらいたい。文学の持つ魅力をあらためて
感じることができる作品だった。