島根の下級武士の家に生まれ困窮から中学を中退、一時は代用教員も勤めた若槻が、その後東京帝大・大蔵省を経て政党政治家に転進、ついに宰相の地位にまでのぼりつめてしまうというストーリーは、それ自体明治の立身出世主義の体現として面白い。政治史との絡みで特に興味深いのは、南満洲鉄道株式会社設立の経緯・桂太郎渡欧の狙い・第三次桂内閣総辞職の舞台裏・ロンドン軍縮会議の様子などについてそれぞれ回顧した部分だろうか。
解説で伊藤隆氏が指摘するように、若槻の文章は抽象性を排し実際的で飄々としたものなので非常に読みやすい。自らの若い頃についても衒うことなく若干のユーモアも漂わせながら率直に書き綴っていることに、多くの人が好感を持つのではないだろうか。ただ一方で、若槻は朝鮮統治や対外戦争がもった意味についてはほとんど無頓着なように見える。これを伊藤氏のように「戦後の価値観で戦前を見ようとしていない」と好意的に捉えるべきなのか、議論の分かれる点だろうが、とりあえずまずは多くの方に一読して頂きたい一冊。ちなみに内容の多くは、1949年から翌年にかけ、最晩年の若槻が雑誌に連載した文章が元になっている。