オーウェルにとっての文学がわかる著作
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新装版オーウェル著作集第三巻、テーマは「危機の時代の文学」と題し、ヘンリー・ミラー、チャールズ・ディケンズ、ラドヤード・キプリング、アーサー・ケストラー、ジョナサン・スウィフトの文学作品をめぐっての論考を収録している。
中でも多くのページ数を割いているのが「鯨の腹の中で」と題されたヘンリー・ミラーをめぐる論考で、1920年代から1930年代の終わりまでのイギリス文学論も兼ねている幅広い議論だ。その時代にそれぞれの作家が何に向かって作品を書いたのか、ミラーは彼らとどこが違うのかを語りながらも、オーウェル自身が文学をどう考えていたのかもわかってくる秀逸な文学論だと思う。また、「著作集」のいずれの巻とも共通した特徴として、、この巻のオーウェルの散文も勿体つけたいいまわしや仄めかし、あいまいな表現や故意のいい落としがほとんどなく、段階を踏んだ論理思考を貫いている上に人間的な暖かみも十分感じる記述が全篇にわたって続いている。
もう一つ気づくのは、取り上げられている作家の政治的信条や生活上の信条が自分と合わないからといって作品を全否定しようとはしていないところだ。自分とは正反対の立場のセリーヌやエズラ・パウンドにさえもそれは適用されている。だからといって彼らの作品を全肯定するわけでもないのは微妙なところだが、文学自体を不可能・無意味にする全体主義を断固否定するほかは、ある面で狂気そのものであるスウィフトの散文にも文学性を感じれば擁護するし、政治的立ち位置の近いアーサー・ケストラーにも作品上の瑕疵があれば容赦なく批判するという公平さがある。
やはりこの人は文学者だったことが確認できるし、オーウェルにとっての文学がどんなものであったのかがよくわかる一冊。