心の通い合わなくなった夫や子どもと暮らす50代の主婦、妙子。愛犬のポポはそんな彼女が唯一信頼できる大切な存在だ。ところがある日、そのポポが隣家の子どもをかみ殺してしまう。非は子どもにあるにも関わらず、世間体から犬を処分しようとする家族と決別して、妙子はポポを連れて家を出る。行く当てもなく頼れる人もいない、妙子とポポの逃避行がはじまった。
直木賞作家の著者は、綿密な取材を基にした存在感のある人物描写に定評がある。本書ではふつうの主婦の心理を描いているが、うっ積した怒りや疎外感を浮かび上がらせる視線は非情なほどまっすぐで、それが紋切り型の女性像を超えた圧倒的なリアリティーを生み出している。また、次第に野生の「犬」へ戻っていくポポの姿が、家庭や社会的な圧力という足かせを外して「女」として年老いていく妙子の姿に重なるなど、平易な文章に込められたテーマは切実だ。さらに、安易な成長物語や愛犬物語を避けつつ、リアルな設定の中に逃避行という冒険的なおもしろさを盛り込んで、読み手に次々とページをめくらせる手法も見事である。
一方で、気になったのは、「冒険」と「心理描写」のバランスだ。妙子という女のリアリティーが際立ってしまって、次々に何かが起こるエンターテイメント的な早い展開とかみ合っていない部分も見られた。
いずれにしても、妙子に非日常的な冒険を体験させることで、逆に逃げられない現実の女たちに読み手の目を向けさせることに成功している。天使でも悪魔でもないふつうの女が家庭や社会の中で年老いていくとはどういうことなのか、妙子の逃避行から考えさせられるはずだ。(小尾慶一)
面白い
★★★★★
ご都合主義的な部分はあるが、マンガやRPGのストーリーに比べれば、十分許容範囲内である。
主婦の家出といえば、アン・タイラーの『歳月のはしご』を思い浮かべるが、それに勝るとも劣らない、面白い読み物になっている(雰囲気や方向性は全く違うが)。
凡百の「犬と人間の感動ストーリー」とは違って、人間の弱さ、狡さ、たくましさ、優しさ、さらには老いの問題まで書き込んでいるのがいい。犬を飼うことの覚悟や、犬にとっての幸せを改めて考えさせてくれる本でもある。
ただ、一点ナンクセをつけると、なぜ隣の子供が残酷ないたずらをしかけてくるとわかっているのに、妙子は外飼いを続けたのであろうか。もし、子供のいたずらでポポが死んだりしてしまったら、どうするつもりだったのか。
さらに言うと、ポポが隣の子供をかみ殺したことも(もちろん子供が悪いのだが)、家飼いにしていれば防げたはずだ。
このことを全く反省しないのが、まぁオバサンである妙子の強みではあるのだが・・・。
読み終わった後愛犬を抱きしめたくなる
★★★★☆
隣の馬鹿息子(失礼!)をかみ殺してしまった愛犬の「ポポ」(ゴールデンレトリバー)と普通の主婦が世間の目を逃れて逃げるお話。
篠田作品としては小粒でした。
でも犬馬鹿な私はポポの気持ち、主婦の気持ちが痛いほどわかって涙が出ました。
ポポが悲しい目で主人公を見上げるその目や、雨にぬれて汚れた被毛や、そんな情景がありありと手にとるように浮かんでしまい心が痛みます。
ゴールデンの表現がとても細かくて正確。篠田節子は犬飼ってたっけ?と思いましたがどうでしょう?
凄く良くワンコの様子が描けています。どこかの書評で犬についての記述が多すぎてよくわからないと言うようなことが書いてあったけど、飼ってない人にとってはそうかも。
そもそもこの主婦の気持ちがわからないかも。でも私にはよくわかります。
読み終わってから愛犬ををひしと抱きしめて「アポロ〜。どこまでも一緒に逃げようね。地の果てまでいくからね」と言いました。
犬飼いの方なら読んだ後必ずそう言うこと間違いなし!
力強く生きる女性
★★★★★
篠田節子が描く男性像は「ゴサインタン」が典型的だが,概して情けない。本作の主人公・妙子の夫は,妙子の気持ちに配慮する優しさがなく,単に世間体だけを考えて行動するような人間だ。
対して,篠田節子が描く女性像は「女たちのジハード」が典型的だが,概して自立した強い人間だ。本作の主人公・妙子は,まさにその一人で,確かに隣家の子供を噛み殺しはしたが,別に罪があるわけではない飼い犬ポポを連れて家を出,たくましく生きようとする。
本作は,ペット(飼い犬)と飼い主との関係にスポットライトを当ててはいるが,篠田節子が本当に描きたかったのは,家庭のしがらみを捨てても逞しく生きていくことができる(はずの)力強い女性なのではなかろうか。現実はそんなに甘くないのでは・・・と批判したくなる面もなくはないが,力強く生きていく女性を応援したいという篠田節子の励ましは,男の私にも,何となく勇気を与えてくれるような気がして,読後感はさわやかだった。
犬とは
★★★★★
逃避行をするのは犬と、その飼い主である主婦だ。
この道程で、本書は色々な事を教えてくれる。
最も印象的なのは、第五章「終の棲家」だ。
この章に、犬の持つ野性、田舎暮らしに対する幻想、老いる事の意味、などが凝縮されている。
本書は感動的だ。
著者は、読者の内面を、深くえぐる形で、この悲劇を著わしている。
そこには、押し売りの感傷は微塵も無く、有りのままの人生を描いている。
顔をそむけたくなる場面もある。
何故なら、人生のステージにおいて、分かってはいるが、口に出しにくい事柄がストレートに描かれている。
タイトルは逃避行であるが、決して逃避したのではない。
当初こそ衝動的であったが、犬と主婦は、わずかな期間で、避けられない生の営みに近付いた。
注意深く読了すると、犬の本性の野性的な部分に驚く。
本書は、ペットとしての犬について、深く考えさせられる。
著者渾身の力作だ。
あまりにも切なくて
★★★★☆
世の中にはいろんな人がいて、いろんな考え方、ものの見方があります。
もし私がポポに噛殺されてしまう男の子の母親なら、先に犬をあおった
息子に非があって起こってしまった事だとしても、犬と飼い主を憎むであろうと
思います。
しかし本を読み進めていると、どうしても主人公である飼い主をとりまく環境や
ポポという犬の動物的本能の方に対しての方によっぽども同情を感じ共感してしまう。
これを読んで、本当に犬を飼いたくなってしまった。
身勝手な飼い主が問題になっている昨今、この主人公とポポの交流は、
一体私達に何をうったえているのだろうか、考えされられた。
立派な体と脳みそをもった家族である人間さまより、何故、犬なのか。
しかしこの主人公の旦那さんは、ひどすぎる。
それと、私も母の事を考えてしまった。娘として・・・。
読み終わって、本当にせつなくなってしまった。