「正義」と「悪」の狭間で葛藤する刑事の深層心理とは?
★★★★★
森村誠一氏の本書『悪の条件』は、「終着駅シリーズ」の一環としてすでに土曜ワイド劇場で放映されたものである。犯人を猟犬のように追及する刑事が、いつの間にか正義と悪との境界線を飛び越えて「悪」に染まってしまう(殺人を犯してしまう)という筋書きそれ自体は珍しくないが、森村作品ということもあってか、なかなか読むのを中断できなかった。まるで本書に操られたように最後までページを捲り続けた。テレビ放映されたものであり、牛尾刑事の発するセリフはその役を演じている片岡鶴太郎を十分に想起させるものであり、それも本書をより楽しめた要因の1つであった(なお本書では、二人を殺害してしまう山科刑事役は44歳という設定だが、テレビ放映においては年配の伊武雅刀が演じており、そのギャップも新鮮であった。更に、彼は途中で拳銃自殺を図り、本書の最終章にあるような「刑事の亀鑑」とはならなかった)。牛尾とコンビを組む山科の行動に次第に不信感を持つようになることを描いた章「敵性の変質」などは、牛尾刑事の直観力・洞察力を垣間見るようで実に興味深い。最初の殺人(とっても、それは正当防衛であろうが)を犯した山科が胸中でつぶやいたセリフ、「それが本来の自分の軌道であるかのような気がした。使命と法律と規律にがんじがらめにされて、社会悪を追及してきたこれまでの半生が、彼にとっては虚偽であり、軌道を踏み外したときから、本来の軌道へ戻ったのではあるまいか」(143頁)に、本書の主題が鮮明に込められているように思う。それは、「正義と渡り合うためには、悪の能力を全開しなければならない。それが悪の条件である」(240頁)というセンテンスに繋がってゆく。刑事が「魂」を失えば、それは「人間」を失うことに等しいという信念(いや宿命というべきか)も、森村長編推理小説に共通する人間観のように感じられる。時間が経つのを忘れた本は久しぶりであった。