きわめて魅惑的かつわかりやすい主張だが、親切なのはここまでだ。はたしてどんな風に書物に対すれば、著者の言う「贅沢さ」を味わえるのか、それは選ばれた個々の作品を玩味しながら、読者一人ひとりが会得してゆくしかない。
本書で取り上げられているのは、ヘミングウェイや漱石といった大作家から、「伊勢物語」などの古典、イーヴリン・ウォーのような玄人ごのみの作家までさまざまで、作品も著名なもの、そうでないものと多岐にわたっている。抜粋される珠玉の一節とともに印象に残るのは、その魅力を披露する著者の語り口だろう。まるでお気にいりのレストランを案内するかのごとく愛情に満ち、それでいて鋭い分析が随所に見え隠れする。読者は紹介された本を手に取らずにはおれまい。そして、いずれはみずからの嗜好にあった書物を独力で選び出したくなるだろう。そこが、それぞれの「贅沢さ」への門口になっていくはずである。(大滝浩太郎)