大江健三郎の最高傑作
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大江健三郎の作品はたくさん読んできましたが、一番感動したのはこの作品です。恐らく大江健三郎の作品は将来三つの時期に分類されると思います。デビューから「同時代ゲーム」までが第一期。この時期の作品は言葉のイメージが作品の核になっているので、時代が経過すると陳腐化してしまうのではないでしょうか。例えば、この時期に取り上げられた言葉は「アメリカ」「原発」「性」「土俗的」「天皇」などです。第二期は「新しい人よ目覚めよ」から「静かな生活」までであり、ノーベル文学賞はこの時期の仕事が影響しているように思います。恐らく、後世において、もっとも評価される時期でしょう。この時期は過去の文学作品、例えばブレイクや「神曲」などを読み込むことが、自身の作品の核になっています。実は、この時期の作品はほとんどが短編小説であり、長編小説としては、この「懐かしい年への手紙」だけなのです。第三期は「治療塔惑星」や「燃え上がる…」以降だと思いますが、実は私はこの期の作品は読んでいません。恐らく、後世において、この期の作品は、すでにノーベル賞を受賞してしまった作家が、自己否定することだけにしか作品を書いている意味を見いだせない時期と評価されるでしょう。作家はもともと、何らかの不満や怒り悲しみというものを詩に昇華するわけですが、ノーベル賞の受賞によって、社会的に高い評価を得たことで、不満や怒り悲しみを社会に見いだせなくなった時、作品を書く推進力は、その社会に受容された自己の否定しかないわけです。その点、受賞を断ったサルトルや、文化勲章を断った大岡昇平は、いつまでも作品を書くことの推進力を失わなかったのだと思います。このように考えると、将来、この「懐かしい年への手紙」は継続して最も高い評価を得る作品だと思います。
大江氏の隠れた最高傑作
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大江氏自身とおぼしき主人公が、
「ギー兄さん」という架空の存在を中心に据えながら、
それまでの作家業への壮大な自註のようにして
虚実取り混ぜた半生を振り返る、という構成を取った本書は、
あまり本格的な長篇らしくない題名のせいもあってか、
必ずしも世評が高いとは言えないようだが、
文庫で600頁弱という分量は決して短いものではないし、
熟れた文章とリーダブルな内容のいずれも素晴らしく、
最高傑作と呼んでも過言ではないように思う。
大江氏の作品については、初期ないし前期の『芽むしり仔撃ち』
『万延元年のフットボール』のいずれかを最高傑作とし、
基本的に、『個人的な体験』以降の作品は評価しないという、
やや極端な立場を取る論者も多いようだが、おそらくこの立場には、
サルトルに倣った「想像力」の優越を唱えていた新進作家が、
障害を持つ息子の誕生を機に、「私小説」的な作品を書き出したことへの
批評側の「幻滅」が、ある種の予断として影を落としている。
虚心にこの作品を読むと、やはり「ギー兄さん」の存在感は強烈だし、
(その後の作品でも、「ギー兄さん」の系譜を受け継ぐ登場人物が、
繰り返し登場し続けていることからも、作者の本書への偏愛は明らかだと思う。)
欧文脈調を意図的に表に出した文章ながら、ガチャガチャしたせわしさはなく、
最後の場面に顕著な「熟した穏やかさ」が全篇に漂っているように感じられる。
残念なのは、小森氏の解説だ。批評家にはありがちなことだが、
ヘイドン・ホワイトの四種の比喩論が適用されるのみで、
本書の内容自体についてはほとんど何も語っていないし、
「われわれが結婚したのは一九六○年のことであった」(p.367)
という記述が本文中に存在するにもかかわらず、
「暦法的な時間の数量的な表示は一度もおこなわれていない」
と記すような、明白な間違いを犯している。
大いなる励ましのための小説
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