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芸術立国論 (集英社新書)

価格: ¥693
カテゴリ: 新書
ブランド: 集英社
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文化政策は、変わりうるか。 ★★★★☆
現在渦中の人の筆者の、
文化政策のベースとなるもの。

批判も、
揚げ足取りも簡単だけど、
文化予算の増額ということでいえば、
どんな手を使っても、
というのが本音のところ。

そこへ行く道筋が、
なぜか官僚的なところが不思議だが、
この本では、
なるほどと唸ることが多かった。
重要な指摘 ★★★★☆
有名な平田オリザである。題名からわかるように、芸術と社会の関わり方を考察したような感じの本で、芸術自体には深く切り込んでいない。趣旨は、芸術は公共性を持つべきで、「なくてはならないもの」とするしか生き残れない。そのために現状は無策の法の整備や、国の努力が必要だとする。こんな本にありがちな理想論とは、少し違って、リアリスティックだと思える。また私の興味対象である認知科学のことも出てきて嬉しい。役者はせりふを覚えるときに、空間も含めた理解なのだ、ということだ。また、最近の私の個人的問題意識である「表現」にかんして、高等教育の中でも科目を創れ、とおっしゃる。・現代日本における「演劇の公共性」とは、演劇への参加の保証以外にありえない・「文化はフランスの基幹産業であると同時に、フランスの国家イメージを形成するものである」
この本は書かれたことに意味がある。 ★★★★☆
この本は文化政策についてあれこれ書いたものである。
「あれこれ」というのはそれだけ「言いたい放題だなぁ」という印象だったからである。
芸術保険制度なんて保険の意味をわかってるんだろうかとか思ってしまう。

けれども、この本は芸術家自身が
芸術家として声をあげたものとして十分に評価できる。

つまり、自ら声をあげることが重要なのだというのを
実践しながら示したと思う。

その自ら声をあげる時に
必要なタームとして彼は「公共性」というのを選んだ。
時に、ぶれているように思える場面もあるが
こうやって自分にとって(つまり芸術家にとって)必要な
交渉のための言葉を提供したことに意義がある。

公共性は、効用と重なるように見えるが、違うものだろう。
彼は効用以前の、開かれた場として公共性を考えている。

そして、より重要なことはこの公共性が
需給関係の曖昧さとも関連していることで
(この点で概念はぶれているものの、しかし、)
効用とは積極的に違う概念となりえているのである。

効用は別に目的があり

それ自体は手段とされているようなものの属性であるが
その場合、需給関係は本来的に明確なものとなる。

しかし、芸術は鑑賞者が
積極的に制作者に転じる可能性を持っているし
それを支援することで需給関係は曖昧になる。
その時に芸術が持つ公共性は
市場から切り離された状態で論じられることになるだろう。
人は自然にそれを欲するのだということで。

書いてあることが有用かというと怪しいが
十分に刺激を与え、先に開かれている本だと思う。

「行政改革」が本質的な解決を導くかどうか ★★★☆☆
今の日本は働き盛りの中堅世代が買いたいと思うものがない「文化不況」の状態である、という観点が面白い。また、「生きる智恵」を学ぶ場としてワークショップをとらえ、教育への寄与を考える。文化行政に予算を取るために、地元の反対議員を説得するという状況を模した、ディスカッション形式のアートマネジメントの講義例もクリエイティブだ。

しかし、芸術の本当の魅力を伝えることから認識を変えようとするよりも、芸術に「公共性」があるという前提での効用論に偏っているきらいがあるだろう。劇場建設や予算確保の必要性を行政を相手に理屈で訴えるよりも、市民一人一人が本当に芸術に魅力を感じる土壌を築くことが先決に思える。

アメリカは一般市民や企業が文化に寄付をする国だし、フランスは官僚自身が文化支援者である。これは、文化への「理解」というレベルの理屈の問題ではなく、支援者自ら芸術を「愛好」しているという状況であって、一朝一夕に出来上がったものではない。ほかのことよりも自分の好きな芸術を優先できる感覚は、個人のあり方とともに、社会の成り立ちそのものの違いでさえあるだろう。

「芸術とは何か」という美学的な根本問題が解決されていない現在の状況で、芸術の効用を公的に訴えても理論的裏付けに弱さがある。日本でいわゆる「芸術」が興隆しないのにはそれなりの理由もあって、どこかに一般市民のためらいがあるからだとは言えまいか。その市民感覚と素で向き合ってきたのは、これまでの日本では伝統芸能やポップカルチャーだった、という現実を真摯に受け止めることから次の段階が始まるのだと思う。

芸術の社会的効用論にかたよった傾向も ★★★☆☆
 「市民の権利(引用者注=市民の文化的権利)が確実に保障されれば、おのずからその労働の対価が支払われ、芸術家の生活は徐々にでも豊かになっていく」という経済シャワー効果のような見解にもとづいた「芸術家でいる権利=自然獲得論」といったものが結論づけられている。芸術が自然にもつ文化的、精神的影響力よりも、芸術の社会的効果、教育的効果、福祉的効果、経済的効果といったものに重きがおかれ過ぎた傾向がある。