芥川賞受賞作、とレッテルの貼られなかった名作たち
★★★★★
佐伯一麦「芥川賞を取らなかった名作たち」を読了。ジョン・ハート「ラスト・チャイルド」の池上冬樹の解説を読んで手に取った一冊です。
芥川賞を取らなくても名作は名作で存在する。そんな当たり前のことをちゃんと明示してくれる書です。でも本書に掲載されている中で読んだことのあるのは、島田雅彦「優しいサヨクのための遊戯曲」のみ。知らぬ間に芥川賞に私自身とらわれていたのかもしれません。でも昔の作品が多く、初めて目にした作者も多かったのも事実。今後の読書生活の中で1つのヒントになるでしょう。
また、小説家が小説を解説していますので、創作のヒントが詰まっています。そのヒントは1つの会話、1つの比喩の使い方というように、非常に細部にわたっています。ですから何らかの文章を書こうとする者には非常に参考になります。
巻末にはこれまでの芥川賞の受賞作、候補作一覧があり、読書の海を渡るときの1つの羅針盤を手に入れることができました。
芥川賞を取らなかった作品をきっかけとした文学論
★★★★★
1.内容
芥川賞にならなかった作品にもいい作品がある(芥川賞は不公平だ、などといったけなす趣旨ではない)という意識の下に、著者が作家デビューする前に読んだ芥川賞にならなかった作品のうち、入手しやすさ、発表時期などを考慮して選んだ計12作(章は11)を題材に、作品の素晴らしさ、芥川賞の裏事情、ならびに、著者の文学観を記したものである。なお、ベースは、仙台文学館で行われた講座。
2.評価
(1)芥川賞を取らなかった作品に対する好意的評価、(2)講座受講者などとの対話の内容の鋭さ(受講者もよく読んでいると感じさせる内容)、(3)芥川賞の裏事情(たとえば、3作が同じくらいの内容だと、該当者なしになる可能性が高いが、2作が同じくらいならば同時受賞になる、など)、(4)話の節々に出てくる著者の文学観と、興味深い内容なので、星5つ。これをきっかけに、文芸誌を読んだり、候補作を検討するのも悪くない。なお、あえて短所を挙げると(星には影響しない)以上2点。すなわち、(1)デビュー後の作品も評価していればなお良い、(2)作品の中には入手可能で、たとえば講談社文芸文庫にあるなどということが個別に書かれているが、リストになっていればもっと便利だと思う。
芥川賞を逃しても名作は名作
★★★★☆
本書は、芥川賞候補作品のうち受賞に至らなかった作品の中から筆者が選んだ名作12作品を、仙台文学館の連続講座で受講者とともに読み直したものである。講師を務めた筆者は、作品と作者についての解説や名作の所以、読みどころに加えて、当時の選評や同じ選考期の他の候補作品にも触れる。文章は講演調で分かり易く、講座受講者やゲストの文芸誌編集者や作家の発言もあって、会場にいるような気分になる。
評者はこれまで佐伯さんの小説をほとんど読んでいないが、実作者ならではの解説は非常に面白かった。文学観が窺えるものに「小説の批評はいくらでも悪く言える。悪いところばかり見ても本当に読んだことにはならない。いいところを見つけ出したいと思って読む」とか、「(作家が戦争体験や闘病体験を描くのは)書かないことには苦しみから解放されないし、生きられない」とある。また小説の作法としては、主人公の人称によって視点が変わること、書き出しの工夫、通俗性を避けた比喩表現、等に作家の苦労を語る。
筆者は良い作品は良いとの考えであり、芥川賞の当落に拘ることは本書の意図に反するだろうが、凡人にはやはり気になる。選考の最終局面では、選者の作家・作品に対する好嫌や押しの強弱が反映し、2作品で競った場合は同時受賞もあるが3作品で競った場合は該当作なしが多いとは、腑に落ちる話だ。個別には、北條民雄の場合、師匠格の川端康成が北條の病気と世間への配慮から強く推さなかったことに触れ、また島田雅彦と干刈あがたの秀作が落選したケースでは、選者達の読む能力に対しやんわりと疑問を呈している。
巻末に芥川賞候補作と著者が名作として読んできた作品のリストを掲げている。いずれも興味深いが、洲之内徹の「棗の木の下」と小沼丹の「村のエトランジェ」は、すぐにも読みたいと思った。
小説家が小説を批評する。
★★★★☆
現役の小説家が芥川賞の候補作品について語る大胆な書物です。
12の小説家と作品を取り上げていますが、
私がその作品を読んだことのある小説家は2名。
取り上げられた作品自体を読んだことのあるのは、たった一つです。
全作品を読んだことのある人は読まなくても良いでしょう。
ほとんど読んだことのない人には判りにくいと思います。
それでも食わず嫌いの私にはよい刺激になりました。
アマゾンで数冊注文してしまいました。
小説なんて、その作品からの情報のみで楽しめれば、よし。と考える私には
小説もエッセイも純文学も私小説も定義は出来ませんが
佐伯一麦という人の小説に対する考えや技術を窺い知ることは出来ました。
タイトルが「取れなかった」ではなく「取らなかった」が全てを語っているでしょうか。
興味本位ではなく、「落選」した作品への深い洞察が感じられる
★★★★★
芥川賞・直木賞に関しては、とくに近年は出版社との関係もあり
選考も不透明だ。
本書はそういったことを興味本位、ジャーナリスティックに取り上げるのではなく
あくまで「落選した事実」を前面に出し、
なぜ落選したかを解説。しかし声高になるわけではない。
受賞したかどうかに関係なく「良いものは良い」というスタンスで、
受賞しなかった作品の良さを取り上げていく。
太宰治から干刈あがたまで11人、11作品。
佐伯氏自身も候補になりながら、受賞はしていない。
しかし地味だが素晴らし作品を送り出している。
あえて最近の作品(とくに佐伯氏が候補になった前後)を取り上げなかったのは、
表現者としての佐伯氏のプライドでもあり、ある種の配慮だろう。
本文はわかりやすい、語りかけるような「ですます調」。
難解な表現もなく著者の誠実さも感じられる。
佐伯氏ならではの一冊かもしれない。
巻末の「芥川賞候補一覧」。とくにコメントもない一覧表だが、
受賞した作家もそれまで何回も候補作になっていたり……ということがわかり
文壇史の一部を見る思いだった。
できれば誰か、「直木賞編」を出していただきたい。