“擬態”というモチーフと“リチェルカーレ”という構成
★★★★☆
■「五声のリチェルカーレ」
昆虫好きのおとなしい少年による殺人。その少年は、なぜか動機だけは
語らなかった。家裁調査官の森本が聞き出せたのも「生きていたから殺
した」という謎めいた言葉だけ。
少年は何故、そして誰を殺したのか……?
本作では、事件が起きるまでのいきさつを昆虫好きの少年の視点で描いた“過去”
パートと、家裁調査官の森本が少年の犯行動機に迫ろうとする“現在”パートとが、
ほぼ交互に展開されるという、カット・バックの形式が採られています。
読者には、少年の動機だけでなく、被害者が誰かも明示されないのですが、
××を警戒する読者からすれば、より重要なデータが伏せられていることに
すぐ気づくと思います。
なので、勘のいい読者なら、真相は想定の範囲内かもしれません。
しかし、本作の主眼は、仕掛けによるサプライズそのものではなく、フェアな
伏線と巧緻な「騙り」の技巧が織り成す構成美にあると個人的には思います。
そういった観点で本作を読み解く際、キーワード
となるのが〈擬態〉、そして〈リチェルカーレ〉です。
擬態は、昆虫が天敵から己の身を守る上で、きわめて有効な手段では
あるのですが、見破られたら最後、死を受け容れざるを得なくなります。
本作の作中人物たちも、昆虫同様、様々な“擬態”をしており、
誰がどんな“擬態”をしているのかが重要なポイントとなります。
そして、リチェルカーレという音楽の形式が暗示する本作全体の構図。
探偵役である森本は、最後まで、事件という曲の中に、隠された声部が
存在していたことを見抜けず、ただ読者だけが、“五声”のリチェルカーレ
として事件を認識できるという構成には唸らされました。
■「シンリガクの実験」
人心掌握と情報操作の術に長け、大人をも手玉に取っていた小学生
の“僕”。ある日、東京から、優等生の美少女が転校してきて……。
黒幕を気取り、〈シンリガクの実験〉をしているこましゃくれた
“僕”が、逆に心を動かされてしまうという結末が面白いです。