数字から浮かびあがる旅の真実
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「お伊勢参り」と言えば、江戸時代の庶民にとっての憧れでした。それはただの旅ではありません。
国家鎮護の神を詣でる信仰の旅であり、遊興の旅であり、また成人儀礼でもあり、村の代表者として豊穣を祈る儀式の旅でもありました。
その路程の多くは娯楽であったとしても、伊勢神宮への憧憬は、現代人には想像できないほど強いものであったでしょう。
約60年に1度の頻度で起こった「お陰参り」からもそれは窺われます。
そして「ええじゃないか」の狂乱の中、封建時代は幕を引いたのでした。
本書は、お伊勢参りに焦点をあて、その旅の実態に迫ったものです。
神楽奉納や道中の路銀、そして撒き銭にいたるまで、その旅に実際かかった費用を細密に洗い出してゆくのが最大の特徴です。
金森氏の本はもう一冊「江戸庶民の旅―旅のかたち・関所と女」のほうも読ませていただきましたが、
膨大な資料から丹念に「事実」を炙り出す姿勢が最大の特徴と言って良いでしょう。
ただ、これまで伊勢神宮や庶民の旅に興味を持って来なかった人の最初の一冊としては、
淡々とした記述の続く本書は、ちょっと平板に写るかもしれません。
本書を読む前に「東海道中膝栗毛」など、庶民の体温とともに読める一冊をこなしておくと良いでしょう。
その後に本書を読めば、弥次北コンビと、それに絡む人々の姿が、一層立体的に捉えられるようになるはずです。
地道な努力で貯えたささやかな財産を、伊勢参詣という舞台で派手に散らしていった庶民の気持ち・・・
御師たちや、伊勢に集まる路上の人々の姿とともに、現代の我々にも何か訴えかけるものがあるはずです。