イスラーム成立の経緯がよくわかる文庫
★★★★★
井筒俊彦氏の著作としては「イスラーム文化」と「意識と本質」が代表的で、翻訳は岩波文庫の「コーラン」が親しまれていると思うのだが、新古書店で出くわしたこの文庫は、思いの外に面白い一冊だった。
この文庫は、昭和二十七年に発表した「ムハンマド伝」と、それから三十年近くあとに発表した「イスラームとは何か」の二篇を収録したもので、どちらもこの本のタイトルである「イスラーム生誕」の時期に関わる記述だ。「ムハンマド伝」では新進の時期の著者による瑞々しい描写が目立ち、「イスラームとは何か」ではムハンマドが布教していた時期にアラビアで流布していた概念を一つ一つ精査してイスラームの思想形成と引き合わせていく丁寧な論考として読み応えがある。
どちらにも共通する要素として、イスラームが広まる前のアラビアで支配的だったベドウィンとしての生き方、イスラムから見た「無道時代=ジャーヒリーア」の生活様式や心の構えが詳しく説明されることで、ムハンマドが主張したことの意味合いやイスラームの過激さがよくわかるようになっている。またユダヤ教・キリスト教徒の対抗上で「アブラハム=イーブラヒームの宗教」の後継としての規定をはっきりさせたという経緯についても理解しやすい説明だと思う。
ムハンマドの死後のイスラームの展開についてはほとんど触れていないが、イスラームの発端についてはかなり詳しく明らかにしている文庫。