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隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

価格: ¥830
カテゴリ: 文庫
ブランド: 新潮社
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一番のミステリー ★★★★☆
この本の一番のミステリー。
それは梅原氏がなぜこんなタイトルをつけたかということです。
聖徳太子とキリスト教(太子の後ろ盾、秦氏が信者だったという景教)との関係は
本文中には明言されていないのにもかかわらず、どうして、と思われませんか?
最初はそこまで触れるつもりでこのタイトルにしたが、論点が別方向へ向いて、
とてもそこまで行き着かなかった、というのであれば
本にするときもっと内容に相応しいタイトルに変えた筈です。
担当編集者も、まったく書かれていない事柄を本のタイトルにすることに
躊躇したかもしれません。
だって、え、法隆寺に十字架!? と、思わず歴史好きが惹きつけられてしまうタイトルなのに
看板に偽りあり、ですもん。
なのに、作者も担当編集者も、あえてこのタイトルにした。
へんだと思いませんか?

梅原氏は己へ宿題を残すつもりで、あえてこのタイトルになさったのでしょうか。
でも、その宿題はお預けのまま。
後に続くものに期待しているのかな。
それとも実証するにはあまりに資料が乏しく、諦めたのか。
謎ですねぇ。
法隆寺は祟り(たたり)寺ではないか、聖徳太子の鎮魂の寺というべきかもしれない(著者) ★★★★★
第三部真実の開示の冒頭で、著者は次のように言う。「私はこの論文を、法隆寺をめぐる七つの謎の提起から始めた。法隆寺にかんしては分からぬことが多すぎる。この分からぬことは、昔から法隆寺の七つの謎などといわれてきたが、私はそれを体系的に整理して七つの謎にまとめた。文献にかんする二つの謎、建物・彫刻にかんする四つの謎、祭りに関する一つの謎である。この謎を解くために、私は法隆寺再建論争にふれた。再建論は、もはや動かしがたい。とすれば『誰が、いつ、何のために、法隆寺を立てたか』を明らかにする必要がある。その予めの解明から、私は、法隆寺は祟り寺ではないかという疑問にぶつかった。祟り寺というのはいいすぎで、聖徳太子の鎮魂の寺というべきかもしれない。なぜ太子は祟り、そして鎮魂される必要があるのか。その分析を通じて、私は山背大兄皇子(やましろのおおえのおうじ)以下太子の子孫25人惨殺の事件を考察しなければならなかった。この事件はあまりにも無残すぎ、『書記』はそれを蘇我入鹿(そがのいるか)一人のせいにしているが、軽皇子(かるのみこ)−後の孝徳帝が関与していることは動かしがたく、また当時、孝徳帝の政治顧問のようなことをしていた藤原鎌足(かまたり)もこの事件にかかわっていることが十分考えられる。そして不思議なことには、藤原鎌足の死は天智(てんじ)八年(669)であり、法隆寺の全焼はその翌年であるが、『書記』はこの二つの事件に何か関係があるかのごとき書き方をしている。」この引用部分は、著者が提起する重大な仮説と証明を簡潔に要約しているように思われる。
ここに、法隆寺論は、偶然の歴史事件として終わらない。政治闘争、宗教政策を交えた当時の歴史に秘められた血なまぐさい人間ドラマが背後にある。「権力は歴史を偽造する」(289ペーシ)゙とも著者は言う。「・・・すべて、藤原氏の勢力拡大の秘密について、『新日本紀』は頑固に沈黙している」(300ページ)のだ。聖徳太子の子孫の惨殺が歴史の中で起り、また、「隠された犯罪はどこかで尻尾(しっぽ)を出すものではないか。犯罪者の仲間でもっとも正直な人間、もっとも良心的な人間が、真実の一端をどこかで暴露する。」(287ページ)当該著書は、多面的、重層な歴史観をもって歴史が語られるように思う。幾分マニアックなところもあるが、著者が「論文」という程肩が凝る読みものではない。「歴史の真実に迫る凄味」を楽しめることでもあり、一読に値するだろう。
間違いは指摘されてもなお魅力的な書 ★★★★★
法隆寺をめぐる謎は、思想史、文献学、仏像美術史、建築学等の各分野ごとに研究されたが、お互い相矛盾する考えが少なくなかった。それをジャンル横断的にあらゆる矛盾が整合する理論を、仮説を立てて立証していく。単なる日本古代史を超えて、多くの示唆が得られる。

ひとつには、歴史とプロパガンダの問題。
日本最初の公式の歴史書とされてきた『日本書紀』は、藤原不比等の指示による編纂で、藤原氏が政治の中枢で覇権を握るのに不利な事実は隠蔽してある。そして、聖徳太子の子供一家25人を殺害(自害に追い込んだ)した黒幕は藤原不比等の父、中臣(藤原)鎌足だった。ところが『日本書紀』にはこの事実は隠蔽されて、うまくドラマが仕立てられている。法隆寺は再建されていた。再建法隆寺を建立したのは、実は不幸な人生を歩んだ聖徳太子の死霊を恐れた藤原氏側の太子後の支配者だった。したがって、入口の真ん中に柱を通してあるのは、死霊が現世に戻ってこないようにする通せんぼの意味があるなど、建築様式のアポリアや、おさめられている仏像の様式のアポリアも解き明かしてくれる。
哲学者の夢か ★★★★☆
現在見る法隆寺が再建されたものであることは、明らかであるが、いつ、誰が、何のために再建したのか日本書紀は何も語らない。そこで謎が生まれる。
哲学の徒である梅原猛氏は、法隆寺『資財帳』の記録を見てデルフォイの神託を受けたが如く「聖徳太子の怨霊鎮魂仮説」が脳裏に閃めいた。その仮説によると、今まで謎とされてきた多くの事実が合理的に説明できることに気がついて本書が執筆された。

ソフィストに立ち向かうソクラテスの如く、氏の筆は勇猛果敢である。結構、厚い本にもかかわらず読者を引付けて止まず一気に読ませる。特に圧巻は夢殿の救世観音。「怨霊史観」によるおどろおどろしい世界が現出する。本書の初出は1970年代初め。古代史ファンを大いに増やした貢献を評価して星4つとした。
尚、他のレビュアーも触れているが、最近の知見を踏まえた武澤秀一著「法隆寺の謎を解く」を合わせて読むことをお勧めする。
愛読者として ★★☆☆☆
大変話題を集めた本で、わたしも大いに魅了されてきました。梅原氏の名はこの本によって一躍、知れ渡るようになり、ついには文化勲章まで…。しかし時間が経った今、大分ほころびが見えてきているようです。
わたしが気づいた範囲でも、美術史家の町田甲一氏が法隆寺夢殿の救世観音について梅原氏が普通考えられないような間違いをしていると指摘しています(『大和古寺巡歴』講談社学術文庫)。
また最近では建築家の武澤秀一氏が、中門の真ん中に立つ柱について梅原氏は全くの事実誤認をしていると指摘しています(『法隆寺の謎を解く』ちくま新書)。

これらの指摘は専門家によるきわめて具体的なもので、梅原説の根幹にかかわるポイントです。愛読者としてはぜひ著者の見解が知りたいところですし、既に読んだ方、これから読む方にはぜひ上記の本を併せて読んでいただきたいと思います。