生涯小説。
★★★★★
はじめて読んだのは、たしか十代最後の年。大学1年生でした。
あれから20年も経とうとしているのに、
いまだにあのとき胸に刺さったトゲが抜けません。
生涯にわたって読者の人生に刺さり続ける小説。
大江氏の作品には、そんな圧倒的な物語が多いですね。
この1冊もそうです。
さよならニッポン、さよならアメリカ
★★★★☆
大江健三郎の作家デビュー期の作品集。初期からどれだけ完成された才能だっかがよく分かる完成度の小説ばかりだが、これらの作品は終戦時から朝鮮戦争時までを舞台とし、米兵や日本軍だけでなく、頭でっかちなインテリ、ひたすら沈黙している一般大衆などへの嫌悪感がストレートに書かれている。この「嫌な感じ」の底に流れる性欲の見せ方が本当に汚らわしくて巧い。
今では戦後民主主義の礼賛者としてカリカチュアライズされている作家ではあるが、この若き日の作品集を読むと進駐軍が象徴するアメリカへの反感も濃厚であり、この点が興味深かった。政治的な小説ではあるんだけど、ある固有の主義やイデオロギーに根ざした主張ではなく、もっと根源的な人間の嫌らしさと政治性に対して表現を試みた作品集だと思う。そして、そういった態度表明が大江にとっては実存主義を生きるということだったのだろう。
入門用にも。そして応用にも。
★★★★★
大江健三郎という作家は何から読んだらいいんだい?
そんなこときかれたら私は間違いなくこの本をおすすめします。
文体は独特で読みにくく、雰囲気も重いものがあるが……、あえて「良薬は口に苦し」と表現するのは間違いだろうか? 読みこなしたときに大江の文学の醍醐味が体の中からじわじわとわいてくるのだ。そのときになって初めて気付く。自分が、大江の文学に取りつかれてしまっていることを。
これから大江健三郎を読むにあたる人は、まず押さえておきたい一冊です。
エロチシズムを孕んだ鋭敏な描写
★★★★★
大江氏の処女作及び芥川賞受賞作を表題として、六篇の短篇から成る。弱冠二十三歳の若さにして、恐るべき程に純度の高い文体で綴られる戦中戦後における被支配下にあった日本人の在り様の、エロチシズムを孕んだ鋭敏な描写は素晴らしい。羞恥や屈辱の心境をこれほどまで痛切に表現しうる才覚に、感服しました。
動揺を受けずに読み通せない作品
★★★★★
大江健三郎は私にとってあまり好きな作家ではないし、彼の政治的な傾向にも同意しかねる部分が多いのだが、彼の作品群が極めて高い質を誇っているのは疑いの無い事実だと考えている。本書を読み、あらためて大江の才能に圧倒された感がある。
本書に収められた短編はいずれも戦後、あるいは戦中の日本の閉塞感を描いたものである。当時の日本の政治状況を何気なく小説に盛り込ませることでシナリオにリアリティを持たせることで、読者を小説が描く閉塞感を追体験するように導くことに見事に成功している。動揺を受けずに本書を読み通すことができる人はいないのではないか。激しく心を揺さぶるものが文学だとすれば、本書は私が随分久しぶりに読んだ文学だということになる。
特に、米兵とのつながりを描いた作品群は極めて秀逸。米兵による安全を享受してきた戦後日本、そして日本人の中に潜む、屈折した感情、歪みを見事に描き出している。大江が描いている日本、そして日本人は、決して過去のものではないのである。