葛野の地霊が守ろうとした平安の都
★★★★★
この作品は例の如く綿密な考証の上に成立しているので,年代を細心の注意で追う必要がある.桓武帝の平安京は山背国葛野郡と愛宕郡にまたがって建設され,遷都の際に国名が山城に改められた.西を流れる桂川は古く葛野川と呼ばれ,桓武帝はまだ皇子の頃から葛野の地霊に愛された.嵯峨帝の時,平城上皇と争うに際して,愛宕の賀茂神社を京の鎮守と定め,皇女を斎宮として奉仕させたが,葛野の地霊は糺の森も気に入った.ところが時代が下り,京が焼き討ちされる状況になると,地霊たちは帝を快く思わず,桓武の皇子葛野親王の子孫たる平氏に期待をかける.それも空しく平氏は忠盛の子頼盛だけを残して壇ノ浦の藻屑と消える.そうして頼盛にわけを伝えて地霊は京を見捨てる,と言うあらすじ.構成は2部5章で,第一部は西海追捕使たる平忠盛の入京の点景から桓武帝の若い頃に飛び,初代賀茂斎宮有智子内親王(女性漢詩家,印象的)までが扱われる.その後は第二部の直前に貴族に成りおおせた忠盛の都取り宣言があって,第二部は平氏の慌しい盛衰が語られる.全編を通じて異界は現世を見ているが,異界そのものの描写は第一部だけ.ミステリアスではあるがミステリー風味はない.時代の重さを強く感じさせる重厚な物語.