大胆な叙述トリックに唸らされる処女作とは思えない不可能犯罪ミステリーの傑作です。
★★★★☆
「フランスのディクスン・カー」の称号に恥じない秀作を発表し続ける不可能犯罪ミステリーの専門家アルテの実質的な処女作と全ての短編3作を収めたファン待望の一冊です。巻頭の短めの長編「赤髯王の呪い」は著者が1985年に執筆し地元の文学賞を獲得しながら大胆にもJ・D・カーの名探偵フェル博士を探偵役に起用した為に出版が叶わず日の目を見なかったという曰くつきの作品で、探偵を犯罪学者アラン・ツイスト博士に変更して1995年に刊行されています。
1948年ロンドンで料理人として働く僕ことエチエンヌは、フランスの故郷アルザスからの兄の手紙に衝撃を受ける。ある晩、兄が物置小屋を覗いた時に、何と16年前に赤髯王ごっこをした為に呪いによって刺殺されたドイツ人少女エヴァの姿を見たと言うのだ。やがてある夜電話ボックスでエヴァの亡霊を目撃したエチエンヌは、友人から紹介された犯罪学者ツイスト博士に相談し当時の状況を説明し始める。
本作にはやはり著者が敬愛するJ・D・カー作品の影響が色濃く感じられます。フランスの赤髯王の伝説にまつわる怪奇趣味や、エチエンヌと優しい看護婦フランシスとの心温まるロマンス、これでもかと次々に出て来る不可能犯罪状況と昔からカーの世界が好きな方には堪らなくワクワクしながら読み進められるでしょう。本格推理ファンにとって一番興味深いトリックについてですが、まずカーの超有名な短編のヴァリエーションの密室トリックが素晴らしく、メインの掟破りギリギリの叙述トリックには仰天させられ、悔しいですが「うーん、成程」と肯かせる非常に巧みな手法に完全に脱帽しました。他にも時代色を感じさせる悲劇的な動機に心打たれ、何よりツイスト博士の優しさが深く心に刻まれました。併載の3つの短編も小粒ながら奇妙な手掛かりが面白い好作品揃いです。本書は著者の原点を窺い知る上で貴重な作品集ですので存分にお楽しみ下さい。