特に、1作目の「銀河の町」では、生きている実感を過去に置き去りにしてきた人々の喪失感が、なんともうら寂しく、それだけに切実なリアリティをもって表現されており、普段脳天気に生きている僕でさえ、生きることの本質とは何か、と考えさせられました。
華やかな物語もよいですが、たまには寂しさや自分の中のもやもやした感情と向き合える本作品は読む価値が高い思います。
発表されたのは89年のことで、当時読んでいたらまた違う感慨を持ったかもしれませんが、社会人としてある程度の年月を過ごした今だからこそ、父親の人生について息子としてもっと知ってみたいというこの主人公の心が私にはとてもよくわかるのです。小説の中の世界に自分の気持ちがすっと入っていけました。
恵まれない家庭環境の中で孤独感にさいなまれていた父が、だからこそ「できる限りのことをまわりの人間にして」やろうと行動していたことを知り、息子の龍之は失った父の大きさを改めて感じます。一人の名もなき人間が生まれ、生き、そして逝く。そのわずかな時間の中で、何かを遂げようと努めていた父の中にあった孤独。それを誰にも気取られぬまま逝った父。
小説の終わりで、龍之が今また父の背を追うかのように町の人ごみの中に紛れて行く場面の描写は秀逸です。
こうした味わい深い短編を読むというのはささやかな喜びです。誰かにこの喜びを知らせたくなる小説だとも言えます。
そしてその喜びを作者の生前に知ることが出来なかったことを悔やむ思いが今の私の心にはあります。