国や信念について改めて考えるために
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今までの物語同様、手堅いSFなのに、どこか目を背けられない真実を私たちの前にドカンと提示してくる。
萌えでも燃えでもない、新しい形のライトノベルがこのシリーズだと私は考えている。
なにより今巻で「国」について深く思わされる。いや、思い知らされることとなった。
登場人物たちが織り成す世界が舞台のゲーム。
笑い話で済ませられない、残酷でどう仕様も無い現実をまざまざと見せつけられたようだった。
なかでも「水管理法」は一際その存在を無視できなかった。
ひたすら工業・技術が進歩していく中で、水のありがたみを人はどう考えるのだろう。
その答えを私はもち得なかった。だが、この本が与えてくれた。
ありえないと切って捨てようとする人はいないと私は信じたい。
戦闘の描写は何よりもリアル。ちゃちな王道などそこにはなく、あるのは何にも代えがたい「信頼」「絆」そして「仲間」。
是非とも、「妖精たちの物語」を手に取っていただきたいと私は切に願う。
ライトノベルと割り切るには、あまりにも「真実」を射抜いた作品である。
嵐の前も騒がしい!?
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今回はサブタイトルにもある「テンペスト」の前に、ドラゴンマガジンで連載された「フロム・ディスタンス 彼/彼女までの距離」も掲載されてます。
こちらの話は前巻の事件の後、休暇でかつて鳳たちが守ることができなかった子供たちの最後の場所へ行くという名目ながら実質デートみたいな感じでウィーンの街を歩き回る鳳&冬真、それを邪魔してやろうと後を追う雛&水無月、更にそれを阻止しようと探し回る乙&日向に加えてニナ及び戦術班酔いどれ野郎共の、シリアスを織り交ぜつつも基本的に青春ドタバタストーリーです。ところで作中、鳳と冬真、乙と日向は以前から絡みがあるからいいとして、雛と水無月の組み合わせはこれまで直接的な絡みがほとんど無かったから正直そう来たかと読んでいて思いました。まあ水無月の意中の相手には既に冬真がいるし、雛も特に意中の相手はいないようですから、このまま本格的にくっついちゃえばと思うのは私だけでしょうか? 今後の展開に期待。
さて、その後の「テンペスト」では、とある戦犯法廷に立つ被告と7人の証人を保護する任務に就く鳳たちですが、先に到着した6人の証人と鳳たち、ニナとでプレイヤーがそれぞれ架空の国の国家元首になって世界の統一を目指すゲームをすることになります。ところがたかがゲームと思いきや、政策が成功しないことがあるのは序の口で、鳳が担当した超大国が他国のために実施した開発援助が結果的にその国を破綻させることになったり、エネルギー問題から南極と北極の両方で戦争が勃発したり、遂には世界的な水不足が発生して、それまであらゆる政策がうまくいかず貧困や混乱、国際的非難にあえいでいた雛の国がかつて実施していた水資源の開発のおかげで世界のキーパーソンになり、それが混乱に拍車を掛けつつも最後は世界の統一へ繋がっていくプロセスは、政治の複雑さと、願うだけでなく実行力も伴わなくては願いは叶わないのだと教えてくれます。地位や権力のある人間は大体裏で自己の保身や利益で真っ黒に汚れているのがこの手の物語のお約束ですが、今回登場した証人たちは高潔な理想を持ちつつ実行し、かつ実行し続ける力と意志を兼ね備えた人たちであることが、何とも新鮮でまぶしく感じました。
それだけに、ゲームの終了を合図のように襲撃が始まり、鳳たちの奮戦も虚しく一人また一人と証人が殺されていく様子に、鳳たちの怒りと悲しみがビンビンに伝わってきますし、それで打ちのめされても再び立ち上がっていく姿には、私も大いに勇気づけられました。
あと、今回はまた「オイレンシュピーゲル」とストーリーがリンクしてまして、作中で何度も鳳が涼月と電話で連絡を取り合い、始めは涼月のぞんざいな受け答えに腹を立てるも次第に相手を理解するようになります。後日発売される「オイレンシュピーゲル」の最新刊でどんな事態が展開されるかも気になりますが、涼月が電話で鳳のことをどう思うのかも興味深いですね。
A面
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今回は多分こちらがA面でオイレンシュピーゲルがB面。
理由は本巻の物理的な前半に、前後編から成る中篇が収録されていることが一つ。もう一つは、本編開始後にもこの作品世界の全貌・展望に関する長い例え話が架空のTRPGのリプレイとして挿入されていて、その後に主題の「国際法廷事件」が始まるからです。国際法廷事件が始まった後は前作以上に「オイレンシュピーゲル肆」と強くリンクし物語が進む。
TRPGパートに出てくる「水管理法」は大変印象的。実在する議論なのかと少し探しましたが発見できず。でも如何にもありそうな、何処かで誰かが真剣に議論していそうな、ダークだけれども非常に楽しめるリプレイでした。あのパートだけでも一読の価値があると思います。
まさかここまでやるとは
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このシリーズは読む度に勉強になります。色々な意味で。
舞台は近未来ですが、ネタは現代の世界情勢に基づくものがほとんどです。
それでいて、出来る限り分かりやすく面白く書いてあるので、毎回一気に読んでしまいます。
勿論、ネタになってる出来事(この巻ならばダルフール紛争など)のことを知らなくても全然問題なく読めますが、少しだけでも調べた後に改めて読むと、また違った楽しさがある作品です。
萌え系なのに硬派なSF
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スーダンのダルフール地方で起きた大虐殺事件の国際裁判が未来都市ウィーンで開かれ、被告人の軍事独裁政権の将軍と彼の有罪を証言する7人の証人が招かれる。護衛を命じられたMSSの特甲児童の少女達は対面した証人達の強靭な意志に打たれ、心を通わせ、何としても守り抜く覚悟を新たにする。
しかし、厳戒態勢の国連ビルを武装テロリストが急襲。予想外の大部隊、重武装、悪天候により孤立する警備隊、巧妙に張り巡らされた計画と罠、裏切り、そして、最強の敵の登場。我が身をいとわず奮戦する少女達だが、自らの死さえも見越していたかのように淡々と殺されていく証人達。
破局を目前に最後まで抗うことを決めた少女達。
この作品は書店でたまたま見つけてシリーズものだとは知らずに購入したが、それでも面白かった。
設定は近未来だが実際のスーダンのダルフール問題を素材にして、様々な角度から検証している点に驚き、それを「世界統一ゲーム」という主人公達と証人達との遊びの中で上手に解説しているようだ。
前作と次回作を読みたいと思わせるほどストーリーにも戦闘シーンにも迫力があった。
欠点といえば文書が独特で多少読みづらいことと500を超えるページ数だが、中高生にも知って欲しいダルフール問題を素材にしているので☆5つにしました。