最後にして究極のライトノベル
★★★★★
「マルドゥック・スクランブル」「天地明察」などでジャンルの枠組みを超えて活躍する著者の、「最後のライトノベル」と銘打った破天荒かつ精緻なシリーズ第四弾。単なる娯楽ではなく現代と地続きの「あるかもしれない近未来」を的確に描いており(ジンバブエなどの時事ネタも豊富)、その点も興味深い。もちろん特甲児童たちのトンデモバトルもライトノベル的で非常に楽しく、一冊が分厚すぎる以外には欠点が見当たらない素晴らしい一冊。
こんなの書いてる場合じゃないけれど……
★★★★★
シリーズの中で一番「やられた」と思わされた巻でした。様々な角度から読める本ですが、私は隊長涼月の物語として楽しみました。
死に物狂いという言葉も空しいような努力でどん底の出自、欠けた手足といった「欠落」を埋めてきた涼月は、この巻では自身の心の奥にある「欠落」、汚物のような劣等感に向き合うことになる。
それは、過酷な練習の末に機械の手足を自在に操れるようになり、自身にとってひとまずの物理的な居場所を勝ち取っても、埋まることはない。むしろそれ故に深みと濃さを増し、彼女を飲み込み塗りつぶそうとする。彼女は機械化した自分の体を、存在を心底醜いと思う。そして美しいと思うもの、自分が「きれいだ」と感じるものを踏みつけ、貶め、憎みたくなる。でも憧れはどうしても捨てられず、燻り燃える。
大人勝りの不屈の根性で修羅場を生き抜いても、少女の秘めた心奥は赤子のように柔らかく、脆い。そこに見る見る轢き込まれた。暴力的な吸引力だった。
「なに謝ってんだよ。(…)目なんかつぶってんじゃねえ。見たってかまわねーよ」
「(…)こんなボロ雑巾みたいな体だとは思わなかったか? 実は皮膚一枚下はこんなザマだって知って、驚いたか?」
彼女は別の都市で生きるもう一人の特甲児童−彼女の感じる「美しい」を全身で体現したような少女−と関わる中で、自身の心の闇と向き合っていく。その「美しい」少女が、実は自分と最も似た者同士であり、過酷な現実にのたうっていることは、涼月にはわからない。少女は自分の中に、どんな努力でも埋められない「壁」を緻密に創造し、絶望し、憎悪する。自分の創った狭い心の檻の中を出口を求めて怯えた野獣のように疾駆する。決して手を抜かず、立ち止まらず、全速力で。
結論はなんとも陳腐、しかし、これこそ真の王道だと思う。汚物のように腐臭を放つ自身の劣等感、だが他ならぬその自分の吐寫物こそが、誰にも真似出来ない彼女の輝きの源泉でもあることを、彼女は次第に識ってゆく。そして自分の醜さも美しさも認められるようになった時、彼女の瞳から、自身に抱いていた無意識の憎悪が消える。少女は綺麗な人を物を、素直に綺麗だ、と感じるようになる。
その「自立」には、一人の男が深く関り、手助けをする。彼は飾らない言葉で、彼女の劣等感の噴出が肥溜めのように汚く「臭い」ことを告げ、同時にその肥溜めの隣には眩いほどの輝きが同居していることを、一人の大人として認める。彼の肯定も否定も、真摯であり、口先の言葉ではない。彼の人生そのものから吐き出された言葉、だからそれは少女の心に響き、動かす。
……いやー、どうも長々すみません。ただ僕のレビューは陳腐ですが、この作品は陳腐ではありません。読みにくい文体に怯まず、一人でも多くの読者に手を取って欲しい一冊です。「今はただ、早く出ろ出ろ最終話〜」、という心境です。
混沌と苦闘、そして共闘
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空港で例によってキャンペーン任務に就いていた涼月たちですが、そこへ旅客機が占拠されたというニュースが入ります。
他の治安部隊や軍と角突き合わせながらも、涼月たちは旅客機に突入して首謀者のパトリックを捕らえますが、彼を空港内留置所で尋問している最中、中国の戦闘機が亡命目的でオーストリア領空を侵犯して空港に着陸、更には中国の暗殺部隊とアラブ人テロリスト集団が現れて、空港内は血と爆発と混沌のるつぼと化します。事態の悪化はなお止まらず、テロリストの中に“レベル3”の特甲児童がいたものですから、底まで沈んでも止まって浮かび上がるどころか二重底、三重底という有様です。
今回は先だって出版された「スプライトシュピーゲルIV テンペスト」とストーリーがリンクしているのは、先日のこちらの記事でも書きましたが、涼月の側は中国の戦闘機に乗っていた女パイロットが持っていた携帯電話を通して鳳と連絡を取り合うことになります。鳳との会話で涼月が相手を『あたくし様』などと呼び、お高く止まっていると腹を立てるのは予想が付いてましたが、劣等感まで抱くとは予想外でした。それでも最後には陽炎と夕霧を向こうに送って共闘させるほどに鳳を信用するようになりますが、陽炎が涼月以上に鳳を賞賛するのにはカチンと来たようで。まあ鳳の側も乙と雛が涼月をベタ褒めしているからお互い様と言えばお互い様ですが(笑)。
あと共闘と言えば、「スプライトシュピーゲル」で鳳がレイバースと一緒に証人殺しの犯人を捜してますが、こちらでは行きがかり上ながら実はCIAのエージェントであるパトリックが涼月と共闘しています。はっきりと明言してはいませんが台詞の中にレイバースとの関係を臭わせる箇所があり、完結へ向かっているらしいシリーズで彼らがこれから涼月たち、そして鳳たちとどう関わっていくのか見物ですね。
B面
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今回は多分こちらがB面で「スプライトシュピーゲルIV」がA面。理由はスプライト側のレビューに書きましたが、スプライト側を読んだ後でこちら側を読むと、正に一つの事件の両サイドとして同時進行する物語を一気に楽しむことが出来ます。後書の脱稿時期を見ると本来はこちらが先に上がっていたようですが、発売日では向こうが先行する形になったのも、或いは意図的に調整したのかも知れません。尤も、本書から先に読んだら読んだで別の見え方があるかも知れないので、それはそれで是非感想を知りたいものですが。
MSSとMPB、二つの小隊員たちの違いや類似など、今までになく対比的に描かれています。両方を読了したあと、今度は両巻を並べて対応箇所を照合し始めてしまいました。これがまた大変面白い。書く側でもそういう読まれ方を意識してやってるんでしょうね。
逆に若干残念だったのはオイレン側の大隊長や副官の描写が今回は薄かったこと。そろそろ物語自体が終盤に入るようですが、次巻では是非フォローを望みたいところです。