幕末から明治の女性の生きざま
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幕末から明治のころ、女性はどのような人生を生き、どのように時代を感じたのか。
昭和のはじめに多数の老女から聞き集めた当時の庶民の風俗がたいへん興味深い。
当時の女性の職業として多いのは「奉公」。10代で武家や公家に女中として住み込み、60才近くまでそこで過ごす人も珍しくなかったようだ。これを「一生奉公」というらしい。
いまでいえば住み込みの家政婦さんだ。しかし、一生を他人の家で過ごすような生き方も、そういう職業を吸収できる社会の階級構造も今はない。失われた日本の文化のひとつだといえるだろう。
それから没落した士族、旗本に関する話題も興味ぶかい。困窮した元旗本の夫婦が長屋に越してくるが、態度が尊大なために、意地悪をされる話がある。サムライがどれくらい威張っていたか、町人がそれをいかに苦々しく感じていたかがよくわかるエピソードだ。士農工商とはいえ面従腹背、庶民の意識は意外に対等であったのかもしれない。
女性の職業といえば芸妓娼妓に関する話も多い。伊藤博文や山縣有朋、犬養毅の芸者遊びの様子も伺える。他に心中話、幽霊話、主婦売春の話、変わったところでは上野の彰義隊事件当日の話も見える。ともかく多彩な話題が本書のいちばんの魅力であろう。
気をつけたいのは、これは農村ではなく、あくまで江戸という当時世界で最大規模の都会の庶民生活である点だ。下巻の巻頭にこうある。
「殊に今の東京は、風俗習慣言語日常生活までが、昔の江戸でも、明治の東京でもなくなってしまった。それは東京子がなく、いずれも他地方からの住民であるからだ。」
初出は昭和7年である。紀田順一郎氏は『東京の下層社会』の中で「東京は流民の都市である、流民であるがために地域社会に責任を持たず、人としての心が荒廃する」という意味のことを言っている。本書からは、少なくとも明治までは、東京っ子たちが家康以来の江戸の町人文化を保っていたことが汲み取れる。貴重な一冊である。