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「死の棘」日記 (新潮文庫)

価格: ¥740
カテゴリ: 文庫
ブランド: 新潮社
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「富士日記」と並ぶ現代日記文学の最高峰 ★★★★★
時に日本文学の最高傑作ともいわれる、あの「死の棘」より、この日記は数倍読みやすい。筋はわかっているし、日記形式なので改行が多いからだ。

小説と比べて、気づいた点は多い。まず、若き日の島尾敏雄の文学的苦悩が赤裸々に綴られている。坂口安吾にけなされたと傷つき、仲間が芥川賞をとったと自信を失い、奄美のような田舎へ引っ込んでは仕事が来ないのではないかと悩み、付き添いで入った病院では邪魔されないように、トイレの中で志賀直哉全集に読みふける。また、文士間の交流の様も実に興味深く、庄野潤三、奥野健男、吉本隆明、吉行淳之介などが、この夫婦を経済的にも支えていたことがわかる。

次に、島尾ミホもまた、すぐれた文学者なのだと気づかされた(一九七五年には田村俊子賞を受賞)。実はこの日記は、公開までの経緯を語るミホの、こよなく美しい文章で始まる。また日記からは、ミホが奄美大島の名家の一人娘で島の巫女候補だったこと、異常に高度な感受性をもって文学作品に接していたことがわかってくる。

そして、改めて驚愕させられたのは、両親の衝突が、長男伸三(小説では伸一)とその妹マヤに与えていた影響の大きさだ。「カテイノジジョウハシナイデネ」が口癖だった伸三氏は、生前の父の前ではずっと「石」だった(しまおまほ氏)らしい。さらにマヤ氏は後年、原因不明の奇病で、言葉と手足の自由を失っている。

また、日記ではいわゆる二つの「事件」、敏雄の日記をミホが読んだ日と、敏雄の愛人が引っ越し先に来てミホと大乱闘になった日の数日間については記述がなく、その衝撃ぶりが窺われる。逆に日記は小説より期間が長く、ミホが本格的に治療入院した後、子どもたちを預けていた奄美へ二人で戻り、一家が平穏を取りもどしつつある昭和三〇年末で終わっている。

文庫本の表紙を飾るのは、無邪気な恋人同士のように寄り添う、入院中の二人のスナップ写真だ。終戦間際の極限状態で、若き特攻隊長とエキゾチックな南の島の美女は結ばれたが、それから妻は精神を病み、夫がその日々を文学的に昇華させ、夫亡き後十八年を経て、この日記は妻により公開された。人の縁の不思議さを感じさせられる、魂の一冊だ。

夫婦の愛憎の深遠さを描いて鋭いが作者には甘えが ★★★☆☆
特攻隊員のヒーローだった島尾敏雄が遂に飛び立つ事はなく、琉球王家の血を引く歌人の大平ミホと結婚。自らの浮気が原因で修羅場に陥った家庭の有様を日記に綴ったものを、ミホが公開したもの。

浮気が発覚する前には放縦な生活を送り、浮気発覚後の騒動の末、遂にミホが精神に異常をきたした後はひたすら妻に尽す。そして、この間の凄惨な愛憎関係を淡々と日記に綴る。島尾の定見の無さが窺える。この間の様子は小説「死の棘」で発表しているが、日記の方が生々しい。ただ、檀一雄「火宅の人」と同様、こうした自身の家族の悲惨な様子を晒す手法は私は好きになれない。

檀一雄も島尾敏雄も結局は"無能の人"だったのだと思う。作中に吉本隆明などから援助を受けた旨が記載されているが、結局周囲(ミホを含む)に甘える事でしか生きて行けない人だったのだ。ミホは島尾の死後三十年間、喪に服していたと言う。夫婦の愛憎の深遠さを感じる。

破滅型私小説作家の裏側を抉り、反面教師の役を果たしてくれる書。
小説の読後には、こちらの日記を・・ ★★★★☆
私としては島尾敏雄の「死の棘」を読後、こちらを読んで欲しいのですが、
小説にも増して、家族の凄まじい葛藤が描かれています。既に著者自身は
二十年近く前に没しているので、本書は妻であったミホが公開したものです。
巻頭のミホの記にもありますが、敏雄の没後、二十年もの間喪服を
纏っているミホがおり、それが昭和30年に前後して行われた夫婦の
愛憎の末の狂乱の残り火であることを思うと、それだけでも凄惨な状況を
思うことができます。
そのような最中に、細かい状況まで敏雄が淡々と書き記した日記には、
敏雄が日記を付けている段では、毎日心の中が処理されており、第三者的で
冷静な言葉が並んでいることに更なる驚きを感じてしまいます。
この連続した日々の記録を受け止めるには、まずは一度小説を読み、
夫婦の葛藤を受け止めた上で日記へと入られることをお勧めいたします。
棘の痛みを一緒に・・・ ★★★★★
遂に出撃命令の出なかった特攻隊長だった著者島尾敏雄の、戦後10年目の平和日本社会での凄惨な夫婦生活の記録である。

毎朝、妻(ミホ)の反応を見極めることから著者(僕)の一日が始まる。かつての僕の不倫は、ミホの精神に決定的な傷痕となって深く残っている。その棘の傷が疼かないように祈るしかない僕が、およそ離婚などという当世風の逃避を思いつくことすらなく、ただただミホの攻撃に耐える毎日の記録を読むと、人を裏切ることを知らなかったミホの純真さが哀切に迫ると共に、やはり、最後に真の情愛を交わせるのは、夫婦という他人同士しかないのだろうか、という思いを抱かせられる。

そして膨大な日記の中で、時折訪ねてきたり便りをくれる、吉行淳之介、奥野健男、吉本隆明、庄野潤三などとの交友部分は束の間の涼風のようにホッとする時間である。