毎朝、妻(ミホ)の反応を見極めることから著者(僕)の一日が始まる。かつての僕の不倫は、ミホの精神に決定的な傷痕となって深く残っている。その棘の傷が疼かないように祈るしかない僕が、およそ離婚などという当世風の逃避を思いつくことすらなく、ただただミホの攻撃に耐える毎日の記録を読むと、人を裏切ることを知らなかったミホの純真さが哀切に迫ると共に、やはり、最後に真の情愛を交わせるのは、夫婦という他人同士しかないのだろうか、という思いを抱かせられる。
そして膨大な日記の中で、時折訪ねてきたり便りをくれる、吉行淳之介、奥野健男、吉本隆明、庄野潤三などとの交友部分は束の間の涼風のようにホッとする時間である。