あんなに真剣に英語に取り組んだ日々はなかった......
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”Welcome to our party..”会場入り口、長身で魅力的なその女性は、微笑みながら私の手をソフトに握った。正面スリーンには、祝辞をよせるレーガン大統領のビデオが大きく映し出され、やがてSPを数名引き連れた中曽根首相が大股で会場に入ってきた。所はホテルオークラ大宴会場、Newsweek日本語版発刊祝賀パーティはたけなわを迎えていた。
この女性こそ、ニクソン政権の圧力に抗し若いウッドワードとバーンスタイン記者を支えたポストの社主キャサリン・グラハム女史だった。
当時新聞は連日のように、大統領再選委員会から5人の侵入者にわたった金の流れやホワイトハウス側のもみ消し工作を報じていた。けれども周りの誰もが、これが大統領弾劾と辞任に至るとは考えもしなかった。再選を果たし、ホールドマン、アーリクマンといった有力な側近に守られたホワイトハウスはこの上なく強固に見えた。やがて上院聴問が始まりこれら雲上の大統領側近達が次々と証人台に立った。帰宅するやTVに釘付けとなった。弁護士、美人の妻に見守られ、時には涙をみせ証言する姿は最高のドラマだった。
翌朝、聞き取れなかった英語を確かめるため、懸命にNYタイムスを読んだ。All the President’s Men, Blind Ambition(J.Dean), ホールドマンやマグルーダーの告白書を買い求め読みふけった。あの頃ほど真剣に英語を読んだ時期はない。
それから30余年、ウッドワードは本著で遂に”Deep Throat”の正体を明かす。もとFBI
No.2と知り合ったなれそめも興味深かったが、衝撃的だったのはこの元高官の老いだった。レーガンでさえ、自分が大統領だった記憶が定かでなくなっている。ジャーナリストにとって、守秘義務は生命線であるけれども、一方で機が熟せば公表したいという欲求・周囲からの圧力に身をさいなまれる。しかし公表には健全なる精神状態にある相手が、自由意思で合意することが何よりの前提だ。老いて記憶を失いかけた情報提供者と、かって交わした守秘の約束はどうあるべきか、これが本著のテーマである。
30年以上前の事件がなぜ今もアメリカそしてジャーナリズムにとって重要なのか
★★★★★
読もう読みたいとずっと思っていたのですが、ウォーターゲート事件が起きたのが1970年台、それに「大統領の陰謀」は映画にもなっていますし、ウッドワードの本も読んでいましたので、「慌てて読む必要もないかな」と思い、どうしても読み始めるのが後回しになっていました。そして今更ながら読みました。
しかし読んでみるとやはり良書でした。そしてこの30年以上前の事件がなぜ今もアメリカそしてジャーナリズムにとって重要なのかと言うのを再認識しました。今まではディープスロートという匿名でしか書けなかったことが、今回初めて名前もあげられることによって、ウッドワードにとって、なぜこの情報を得ることが出来て、そしてディープスロート(マーク・フェルト)との間の意見のすれ違い、立場の違いなどが克明に書かれています。一時はウッドワードはディープスロートの名前を出してしまおうかとも思い、それをフェルトに激怒されたことなど、包み隠さず書いています。その後これだけの長い年月その名前を隠し通したことによりウッドワードは信頼されるジャーナリストとなり、内通者から信用されるようになり、より一層彼がジャーナリストとしての立場を築けたました。だから今日までジャーナリストの礎となった事件でもあるので、これだけの年月が経っても語り継がれるのでしょう。しかしその秘匿したことにより、彼は親しい同じジャーナリストと仲違いしたり、今まで親のような存在で接していたフェルトとも会うことがなくなったのですから、彼の苦悩は想像に絶するかと思います。
またTVや映画でよく見る、内通者と地下の駐車場で会うシーン、内通者との連絡方法(これが本当に映画のような話です)、本当にスリリングな展開で、そんじょそこらに有るような中途半端な推理・サスペンス小説よりもはるかに内容で凌駕していました。(それも完全懲悪で、世界一の権力者を倒すことになるわけですから、小説は現実に勝てません)
他の方も書いているのは、次々とニクソン政権の高官の名前などが出ますが、本書の最初に当時の役職が書いてありますが、誰が誰だか分からなくなることもあるのと、いかんせん時代が古いの若い方には特に手を出しにくいと言う点だけが難点です。
気になっていたことが解決
★★★★☆
ウォーターゲート事件は、日本でも毎日報道されていたから興味を持っていた。当時『大統領の陰謀』も読まなかったし、映画も見なかったけど、それも話題になっていた。ヴァニティフェアの記事は、ダウロードして読んだ。本書を読んで、当時の様子がよく分かり、調査報道の概要もわかった。本とは、もっとつらかったのだと思う。また、痴呆が進むフェルトとの関係や心遣いなども心に残った。
たまたま,去年の夏にDCに行ったら、当然、原著は積まれていた。何気なく観光バスに乗ったら、ウォーターゲートビルは観光スポットだった。FBI本部や司法省の前は、何度か歩いた。『大統領の陰謀』を読みたくなった。映画もちゃんと見なきゃ。
ジャーナリストとしての著者の矜持に触れる一書
★★★★★
ボブ・ウッドワードは、時のアメリカ大統領ニクソンを辞任に追い込んだいきさつを書いた『大統領の陰謀』の著者として有名です。
当時ワシントン・ポスト紙の新米記者だったボブは、同僚カール・バーンスタインと共に精力的な取材をこなし、スクープを連発しました。ボブに情報をもたらした匿名の政府高官は「ディープ・スロート」と呼ばれ、長いこと正体が明かされることはありませんでした。
本人が死亡するまでは公表しない覚悟をしていたウッドワードですが、「ディープ・スロート」が情報を提供してくれた動機を探求するために、もう10年も前からFBIに通い、機密解除された資料をコツコツと掘り起していました。
突然の正体公表から間髪を入れず出版された本書は、ウッドワードが「ディープ・スロート」の動機を探求した中間報告としてまとめられたものです。
事件から30年近く経過してやっと会えたフェルト氏は、ただの老人になっており、もう昔の記憶が失われているようでした。
フェルト氏は「重大な情報を提供してくれた人」ではなく、もはや著者の人生にかけがえのない人になっています。それなのに、単に「昔知り合いだったらしい人」という立場で交わすフェルト氏との会話は切ないものでした。
「言葉に詰まった。感激した。大声で泣きたかった」
と著者は述懐しています。
しかし、著者は、無理やり記憶の扉をこじ開けるような行為はつつしみました。
思い出したのは、記憶を失っていくレーガン元大統領の言葉です。
「なんというか、自分が大統領だったという気がしない」
「自分がディープ・スロートだったという気がしない」といいたくなるまでフェルトを追い込みたくはない。
それが、ジャーナリストとしての著者の矜持でした。
歴史的疑獄事件の真相を探る、というより、著者のジャーナリストとしての原点に触れる一書でした。
厚顔無恥の報道関係者は是非読むべき
★★★★☆
長所:
1. 極めて詳細に至るまで緻密に書かれている。:情報源との初の出会いから、いつ、いかなる手段で会合し、どのような情報を得たかまで書かれており、ウォーターゲート事件暴露までの詳しい過程を知りたい人には極めつけの一冊となる。
2. ただの自伝や自慢本ではない。:「俺は大スクープをものにした超有名記者だ!」という雰囲気は微塵も見せず、率直に事実(そこには自らの失敗や、情報源との関係に対する葛藤すら描かれている)を淡々と描いている姿勢には好感が持てる。
短所:
1. ウォーターゲート事件そのものが分かっていないと非常に読みづらい。:本作品はあくまでも「ウォーターゲート事件を暴くまでの過程とその後」が主題であり、事件そのものの解説はほとんど行われていない。本作品の性質上それは仕方ないとも言えるが、より楽しもうと思うのであれば、事件の概要と背景(特に70年代のアメリカの置かれた国際情勢)に関する基本的知識が無いと、「この人なんでこんなことしているの?」という疑問が常に付きまとい続けることになる。
総評:
記者にとっての情報源の秘匿は絶対守らねばならないことであるが、同時にそれは記者自身に対して大きな忍耐と覚悟を要するものであることが本作品から読み取れる。メディア・政府双方からの公開への圧力は並大抵のものでは無かったにも拘らず、30年間に渡り信念を貫徹した著者に心からの敬意を表するものである。最近の配慮に欠けた行動が何かと目立つメディア関係者には是非御一読いただきたい一冊である。