言葉の含む仕掛けを意識させる小説
★★★★★
この作品は複数の登場人物の語りが交錯し、さらにカタカナの読みにくい日記の記述が長く続いたりと、またしても構成と文体の新機軸が打ち出されているので、とっつきにくいと思う。もうキャリアは後期にあったのにここでこんな構成と文体の晦渋さを示し、テーマは愛欲関係の機微を持ち出してくるのだから、すごい。
読みにくい日記の部分を何とか読んでいこうとすると、読んでいる自分自身がが夫婦のねじれた愛の関係に巻きこまれていくという仕掛けがあって、読みにくい文体は狙いをはずしていない。また、日記という言葉の固定された形を辿ることによって言葉自体のわなにも敏感になり、話し言葉という流動化された言葉が含む仕掛けにもまた敏感になっていくといった、言葉の魔性、言葉が司る観念の魔性にも思いが広がる作品でもある。
初版本は棟方志功の挿画を使ったふんだんに使った装丁で、この文庫の表紙もそれに準じたデザインだが、なにしろ愛欲の誘惑と観念の危険さが印象に残った小説。
英訳と原文を比較しながら読んで見ました
★★★★☆
以下は英訳「key」へのレヴューのコピーです。
文庫本の字の余りの小ささとカタカナの連続に閉口して、とうとう英語訳で読むことになりました。ただ予想されたとおり、原文も結局のところ比較参照のために買うことになってしまったのは皮肉でした。谷崎の見事な日本文は英語に直されてもその明晰さと簡潔さとリズムを失うことはありません。とくに本作品は夫婦による日記という形態、そしてその日記の時系列的な展開を通してストーリーが語られ謎が明かされていくという形式をとっているためでしょう、無理なく原文が英語に移し変えられています。短い文が重ねられていくので、たしかに英語のリズムと齟齬を生み出すことはありません。ある意味では推理小説のようなものです。たしかに数箇所原文が訳されずに省略されている部分があります。しかし多数の固有名詞も無理なくそれなりに忠実に反映されています。さて中身はどうなのでしょう。この領域の謎に言及するだけの経験も資格もない私ですが、確かに虚実がいり交わる、この一種、交換日記のような媒体は、効果的に機能しているようです。時系列的に進んでいく両者の日記の記述がどこまでが真実でどこからが虚なのかは、最後まで明かされることはありません。そして当事者の夫婦も、お互いに相手を出し抜こうとして技巧の限りを尽くすのですが、結局のところ、個人の合理性を超えた何者かに動かされているようです。最後には、驚くべきどんでん返しが待ち受けていますが、夫婦の娘とその将来の夫もはたしてこの作品の黒幕なのかどうかは疑問です。
文豪・・・
★★★★★
ストーリーだけきけば、ポルノです。
ポルノ映画にもならないかも?
どうしようもない夫婦のどうしようもない性生活。
それをポルノどころか、珠玉の文学作品に仕上げてしまっています。
これが、文豪なのですね。
日記とは
★★★★★
谷崎氏の美しい日本語と、主人公と妻との日記のスリリングなやり取りは独特の感傷を読む人に与える。また日記という形式をとることで読者に秘密の所有による一種の優越感を与えなんとも心地よい感じで先をすすめたくなる。そんな本である。