エリスが美しい!
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本シリーズが谷口漫画初体験だったのですが、先生の絵の上手さに驚愕しました。シャープな線、独特のタッチ、緻密を極めた描き込みや丁寧な陰影。日本漫画界トップクラスの描き手ですね。内容も素晴らしかった。自分は文学とかからっきしなのですが、そんなことはおかまいなしでめちゃくちゃ面白かった。自分にはどこまでが史実か創作かわからないのですが、膨大な知識の持ち主が綿密な取材・考証の元に描いてるだろうことは感じられました。ストーリーテリングや構成力も見事の一言です。一見お堅い漫画ぽいですが、ユーモアもあるしエンターテイメント性も十分で、誰にでも楽しめる作品です。
中でも自分はこの第二部が一番のお気に入りです。本当にエリス嬢が美しい。聡明で勇敢で可憐で…。そして、国のために生きるか、異国の美少女との愛に生きるかという若き日の鴎外の葛藤と苦悩…。少年の頃一度声を交わしただけの女性を、女郎から足抜きさせるため命を懸ける侠客の「純愛」エピソードも秀逸。涙がこぼれました。
12年かけて、二人の天才が完成させた『坊ちゃんの時代』の人間群像とその時代に驚嘆!!
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まさしく『坊ちゃんの時代』。
あの時代、多くの魅力ある人材がうごめいていた。それを 全員 登場させ、あの時代を生き返させんとした野望。脚本の関川 夏央、そしてそれを画として完成させていった谷口ジロー。気の遠くなる話し。特に、絵にしていった谷口ジローはいかにしんどかったかと想像する。逃げないで、ついに完成させたのだ。実に12年間の長い年月がかかった。「未知の世界」に挑戦し続ける、粘り強さ、感性、創作力。
私は この作品にであったとき驚愕した。既存の「漫画」とは異なるジャンルの出現と感じた。
二人は 新しき物作りにおのれの人生の一番元気な時をかけた。こうして 私たちは 日本国で最高の作品と出会う幸せをえることができた。
関川 夏央と谷口ジローが作り上げた 過去の「日本漫画」を止揚した「宇宙」の登場。(これを 感動といわずして何を感動といえるのか。)日本国で これ以上の 「創造物」にまだ会ったことはない。日本に新しい文化が誕生したのだ。このことを確認し、二人の創作者に 感謝したい。世には偉大な人物がいるものだ。
しかし、今の時代と『坊ちゃんの時代』を対比し、これからどう生きるかは我らが、見つけねばならないと迫られているようでもある。
坊ちゃんの時代(第二部 秋の舞姫)。レビューも第二部
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(第1部のレビューから続く)
第1部のあとがきには、1作目が好評だったこととコンビの創作意欲の高まりから第2部以降も製作することになったとある。第1部で「坊ちゃん」という近代化途上の日本における敗者を描いたこのコンビが、第2部で表面的には近代化における勝者といえる「森鴎外」を選んだのは必然だったのだろう。
しかし、サブタイトルにあるとおり、この第2部で描かれているのは「舞姫」である。和魂洋才を体現する鴎外が、ドイツ人であるエリスと、「家」が個人に優先する日本の伝統の間で悩み揺れる姿が描かれている。
あとがきで関川は「近代以降…日本に恩恵を与え、同時に悩み苦しませてきたのは西欧文明であり、西欧文明とのつきあいのきしみである。…鴎外は、西欧とのつきあいにおいて近代日本の先達である」と記し、「洋才を内に秘めながら日本人とはなにか、日本文化とはなにか、という問いに呻吟しつづけた先師である」と続けている。私は森鴎外のことを詳しく知らないのだが、頷ける文章である。
この第2部でのもう一人の主人公はエリスである。日本にやってきた彼女は鴎外に会うことが出来ないのだが、その代わりに実に多くの人物に出会う。実際、この2部が彼女を中心に展開しているといっていい程である。当然創作なのだが、非常に生き生きと描かれている。しかし、日本での滞在を通じて日本文化を理解した彼女と鴎外と別れのシーンは、やはりこの作品のクライマックスであろう。このシーンの二人のセリフのために、この作品が描かれたのではないかという気がしてならない。
(第3部のレビューへ続く)
胸に沁みる、時代と恋
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10年以上も前に単行本を買い、時折読み返していましたが、引っ越しの際に無くしてしまったので、今回文庫版で出ているのをみつけ、買い直しました。第5部まで出ていますが、再読に耐え得るシリーズです。カバーイラストは単行本のときの方が雰囲気あると思いますが、デザイナーは単行本と同じ日下潤一で、きれいです。
小説「舞姫」のモデル、森鴎外とエリスとの恋物語。女郎に身を落とした女性を救い出すためのヤクザとの乱闘シーンなども描かれ、活劇的でもあります。
以前読んだときは、変革しようとする日本の中で悩む漱石を描いた第1部の方が奥が深い、と思っていましたが、今回読み直すと、鴎外も国や家と自我との間で深く苦悩していたことが伝わってきました。「これから煉獄の夢を生きるというのですね」、「恋愛を自分に禁じました」ー二葉亭四迷、漱石とやりとりする鴎外の顔の寂しく、ストイックなこと。人のこんな表情をかけるのは、関川夏央・谷口ジローコンビならでは。
舞台は明治、このマンガが書かれたのも10年以上前ですが、今読み返しても違和感は感じません。関川夏央が第1部で書いていたように、構造改革が叫ばれている現在も、我々のメンタリティは、明治時代からあまり変わっていないのかもしれません。
恋物語だからこそ、第1部より少し軽い感じに感じていたのかもしれませんが、恋愛ものとしても、一級品です。雨中のエリスの横顔をみつめながら、ツルゲエネフの詩を想起する四迷。「私の気に入つたのは実に此娘の心である」ー片思いしているときに読むと、胸に沁みます。