「鍵」は、この夫婦が性を赤裸々につづった日記である。相手に盗み読みされているかも知れない、という緊張感が、複雑な心理の葛藤を生み、物語をよりスリリングなものにしている。
性欲の虜のような2人も、世間体は案外平凡な夫婦なのかもしれない。そこにこの小説の恐ろしさがある。日常的な夫婦生活とは、実はもろくも微妙な関係の上に成立しているのである。ひとたび「鍵」を開けてみれば、そこには暗く奥深い混沌とした闇の世界が待ち受けている。『細雪』で美しい物語絵巻を完成させた谷崎は、さらに日記形式という武器を手に入れ、日本的情緒の深部へと読者を誘い込もうとしているのである。
『瘋癲老人日記』もやはり性欲を題材にしたものだが、「鍵」が陰とすればこちらは陽の世界。嫁に翻弄される老人のあっけらかんとした日記である。谷崎自身を思わせる老人の瘋癲ぶりは笑いを誘う。肉体的な力を失った人間の欲望が、どこまでエスカレートするか、谷崎は存分に想像力を膨らませて書いている。その結末を「鍵」と比べて読むのもおもしろいだろう。(三木秀則)
息子の嫁って、魅惑的ですね。しかし。