「物語」に抗して
★★★★★
戦時下、暗闇の中の父が始めた小さな教会では、ポロポロと祈る小さな集まりがひらかれる。 戦争での経験は、行軍中にこびりつく排泄物とすてたくなるほど重い荷物。次々に死んでいくなかまたちと同期の兵士の打ち明け話。詳細をおぼえていないがいやな感じのする船上の記憶。 暗い時代の個人的な経験を、いったりきたりしながら、近い距離で小さな声で聞かせてくれているような作品。友人のはなしてくれた戦争中のことを「物語」にしてしまったことに著者は恥入り、そのことが全編を貫く問題意識となっている。「しかし、物語はなまやさしい相手ではない。なにかをおもいかえし、記録しようとすると、もう物語がはじまってしまう」とたえず困難を感じながらも。読者が言葉にならない何かをうけとれるのは、著者のこうした姿勢があってのことではないだろうか。
田中小実昌のジンライム
★★★★★
バスに乗る。
糖尿病なのにジンを飲む。
ポロポロと言ってみる。
酒場で静かに息を引き取る。
これは、小説だ。
言語化できないものとは?
★★★★☆
描かれている世界が未来であれ異界であれ、登場人物の行為や思考そのものは馴染みのあるものだ(例えば「指輪物語」のホビットは、精神構造だけみると普通の「人」だ)。
しかし、「ポロポロ」に出てくる人がなぜ、通常の信仰の言葉では表現できない「何か」を「ポロポロ」という形で外に出すのか・・・ということを「ああ、分かる分かる」と言える人はそれほどいないのではないだろうか?
収録されている軍隊物の連作は、表題作とは描かれた舞台も時代もまったく異なるが、ともに筆者の関心は「言語化」「物語化」と「リアル」のせめぎ合いにある。
「言語による表現」(に過ぎない小説)は「言語化できない体験」とどのように対峙しているのか?
言葉による表現=指標のレッテルを貼ることができない「何か」を、私たちはなくしてしまったのか・・あるいは意識できなくなっているのか・・という問いを含め、2009年に読み返してもこれほどアクチュアルな小説はないだろう。
なんでかとてもいい
★★★★★
この人の他人や物事への距離感が独特。
思考が柔軟で、自由、強引さがない。
買いです。
★★★★★
何度読んでもいたる所で読む手を止め、何かを考えさせる作品です。しかしその何かは文字通り何かに過ぎなくて、時に作品とは無関係の、しかし、決して気が逸れているわけではない、そんな何かに誘われる、強い求心力を持った作品です。