摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)
★★★★☆
とてもいい状態でした。管理が素晴らしいのでしょう。ありがとうございました
大正、昭和の生活史
★★★★★
大正から昭和の永井荷風の生活史である。
昭和の初期から、軍事色が強まって行く中、庶民が何も知らされず戦争に引き込まれて行く生活の実態を著している貴重な記録である。
隠遁者の警世
★★★★★
荷風38歳から死の前日、79歳まで書き続けた42年間の日記の抄録のうち、
昭和11年、58歳までを収めたもの。
旧仮名遣いの文語調、加えて矢鱈に漢語が出てくるので大変読みづらいが、
荷風自身の思想、感懐、批評に加えて、時事、風俗、流行、情景等が
克明に記されており、資料的価値もありそう。
そもそもこの人、自らを江戸の戯作者に擬し、隠退的生活を決め込みながらも、
高級官吏の長子として父の期待に沿えなかったことに対して、心のどこかに
敗残の思いが巣食っており、シニカルではあるが、どこか世俗への執着を
感じさせるような記述が多い。
時事問題についても、無関心を装いながらも、時に鋭い分析というか、
警鐘を鳴らしており、例えば、いわゆる上海事変の起こった昭和7年(1932年)
4月9日の日記にはこうある。
「…世の風説をきくに日本の陸軍は満州より進んで蒙古までをわが物となし
露西亜を威圧する計略なりといふ。武力を張りてその極度に達したる暁
独逸帝国の覆轍を践まざれば幸いなるべし。…」
慧眼であったと言えよう。
岩波が出さないなら他社でも完全版を文庫で出したらいい
★★★★★
大正11年7月9日、森鴎外没。
「森先生は午前7時頃遂に紘を属せらる。悲しい哉」(紘は本来旧字で、糸へんに廣)
全集には振り仮名がなく、読みかたが分からず難儀したが、文庫は振り仮名があるのがいい。
属紘(しょくこう)とは臨終の意で、紘(新しい綿)を口や鼻につけて、呼吸の有無を確かめたことからいう。
以上、私註。
それはともかく、摘録ではいかにも物足りない。
荷風は東京では人気あるし、岩波が出さないならどこでも、全編文庫本で出したらいいのにねえ。
個人的な「欲」の話
★★★★★
日記文学の最高峰であると考えている。
永井荷風という いささかひねくれた文学者が 自分の日常を綴っているだけと言ってしまうと それまでだが いくら読んでいても飽きない。
書いている時代は 大正6年から昭和34年だ。日本史上 もっとも激動の時代だったと言って良い。そんな「激動」の時代の中 永井が書いているのは どこで何を食べたであるとかどこの女性とどうした ばかりである。所々には その時代の影はきちんと描かれているが それは「舞台設定」として出てくる程度で 基本的には 永井個人の「欲」が書かれているだけだ。
そんな 極めて個人的な日記を耽読した人は多い。小津安二朗、川本三郎、田中康夫、アラーキー等が その影響を認めている。
武田百合子の「富士日記」もそうだが 他人の「日記」は 時に 実に面白い。でも それは何でなのだろうか。僕は まだこの問いへの有効な答えを持っていない。