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橋ものがたり (新潮文庫)

価格: ¥580
カテゴリ: 文庫
ブランド: 新潮社
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娘の遠藤展子が一押しする短編集。男と女の出会いと別れが生みだす珠玉の作品集。 ★★★★☆
以前紹介した「父・藤沢周平との暮し」で遠藤展子さんが一番おすすめと書かれていた作品。
巻末の解説で井上ひさしが、「この小説集は橋にまつわる十の短篇を集めたものですが、まずこの着眼に唸らされました」、「読み終えてしばらくは、人を信じてみようという気持になります」と書いています。
藤沢周平の本ははずかしながらこれが最初ですので、著者について何ら語ることができませんが、「橋ものがたり」を読む限り、作中の台詞を抜き出しても、著者が描く人間世界は見えてきません。物語全体をとおして流れる人間の温かみを、解説で伝えることは不可能なようです。

約束:14歳のとき引っ越しで居なくなったお蝶に、5年後のいつ何時に橋の上で会おうと伝える。

小ぬか雨:新七といった人殺しをかくまうことになるおすみ。晩い時期に、不意に訪れた恋だったが、はじめから実るあてのない恋だった。

思い違い:源作は両国橋である女とすれ違うのを楽しみにしていた。女が言ったことはうそであった。その後女と女郎屋で再開する。

赤い夕日:おもんは夫に言えない秘密を抱えていたが、くびになった店の奉公人の密告で過去に引きずりこまれてしまう。

小さな橋で:広次は家を飛び出したある日、林の端れで消えたおやじに会う。

氷雨降る:夕方に橋で出会った女は、夜十時になってもまだ橋にいた。吉兵衛は、妻や息子との確執を抱えていたが、おひさに会うことで癒された。

殺すな:謎の浪人者に吉蔵は妻の監視を頼む。善左エ門は妻殺しの過去を持っていた。

まぼろしの橋:おこうはお父ちゃんに捨てられた過去を持つ。お父ちゃんの話を持ち出した弥之助は博奕打ちだったが、「おとっつぁん」の一言に反応する。

吹く風は秋:弥平は親分をだました博奕打ちで江戸を離れていた。女郎屋でおさよに会い身の上を案ずる。

川霧:新蔵は欄干の下に倒れたおさとを助ける。飲み屋の酌取りの彼女は新蔵から離れようとするが。
希望や理想があるからこそ、胸を打つフィクション ★★★★☆
人間はとても弱い存在で、欲望に負けてしまったり、現実に流されて理想を失ってしまったりする。

しかしそれでも、どこかに希望はあるべきだ、それを証明するために愛する人の過ちを赦したり、愛する人を信じて自分を犠牲にしたりする。

ごく普通の、市井の人々が、「ここぞ」というときに勇気ある言葉を発するドラマの数々……。

そのきっかけはいつも、橋であり、それは、とりもなおさず、一生に一度でもいいから、「真っ正直に」突き進んでみようという決意の生まれる場所なのだ。
ここで自分に嘘をついたら、向こう岸には渡れない、、、そんな思いで、男も女も橋を渡る。

すべての物語の根底に、どんなちっぽけな人間にも、「理想」や「希望」に向かうパワーがあるべきだ、というあたたかいまなざしが感じられる短編集。
一篇、一篇、じっくりと味わって読みたい一冊。
「橋」をモチーフにした珠玉の短編集 ★★★★★
「橋」をモチーフとして、男女の機微を中心に様々な人生の一断面を哀感込めて描いた短編集。巧みな語り口で、登場人物達の心情が読む者の胸に染み渡る。

五年振りの男女の待ち合わせの場所が"萬年橋"(「約束」)、縁談が決まった女が偶然遭った殺人者への恋を自覚する場所が"思案橋"(「小ぬか雨」)、男が方向錯誤に陥るのが"両国橋"(「思い違い」)、永遠の人と二度目の連れ歩きをする場所が"永代橋"(「赤い夕日」)、少年に大人の心が芽生える場所が"小さな橋"(「小さな橋で」)。良く考えてある。

例えば「小ぬか雨」のヒロインは道徳的に言えば不実なのだが、この構成では読者はヒロインに憐憫と同情を覚えざるを得ない。登場人物に自然に感情移入させる藤沢文学の魅力である。「氷雨降る」はその代表で、主人公の吉兵衛の境遇・心境は私自身と重なる所が多く、特に深い感慨を覚えた。「無為であっても、人は生きて行かねばならない」と言う諦観が滲み出た秀作。「殺すな」は脇役と見えた浪人の善左エ門が実は闇の過去を背負った真の主人公と言う構成が巧み。「殺すな」と言う善左エ門の言葉は重い。

男と女、過去と未来、幸福と不幸を繋ぐ「橋」をモチーフにした作者の着眼点の良さと人間観察の鋭さが光る時代小説の傑作短編集。
二つの世界をつなぐ橋。行くもよし、行かぬもよし。 ★★★★★
現実と未来、また過去。男と女。様々な世界をつなぐ橋。橋にまつわる短編集。どうしてこうも時代小説は僕の心を打ち続けるのであろうか。本作のどの短編も現代小説に置き換えて書き換えると、あっというまに現実感が喪失してしまうであろう。だってあり得ないもん。現代の男女ではここで表現されている人間の心の襞が現されないであろう。時代小説だから言いのである。私たちの頭の中で古きよき「江戸」の人情や優しさを「想像」して読めるからである。江戸の町人達の生き生きした姿を想像できるからである。そこに精神的に生きることを放棄した人間はいないのである。みんな必死に生きているのである。その必死さが我々が忘れた「生きること」を思い起こさせてくれるのである。だから我々は大きな感動を受けることができるのである。当然そこは藤沢周平。外れません。読むもよし、読まぬもよしだが、読まぬと大きな損失ですよ。
男とおんなは自らの生を行き、交差していく ★★★★★
昭和55年4月にリリースされた短編集。全ての短編に『橋』が絡んでいる。『橋』は境界線としてのシンボルで、男と女。裏と表。時に霧がかかり、時に全力で、時にとぼとぼと人が行き来する。

男とおんなは自らの生を行き、交差していく。交差し、二つの生を重ねて生きる時もあれば、一度離ればなれになった二つの生は決して重ならないこともままある。一期一会があたりまえの男とおんなが『もう一度会いたい』という気持ちの熱さが溢れている。

そして逢うべきものは必ず逢う。という間章の言葉を思い出した。藤沢周平は短編も素晴らしい。