ナポレオンについて言及するにあたっては、彼の人物像の倫理的評価は避けて通れないだろう。そして行為の倫理的側面については、その人間の内面に踏み込んで記述することは避けられない。本書では、ナポレオンの個人的な心情の吐露から、国家観、法観念、人間評価といった面から、一個人としてのナポレオンを探るというアプローチを取っている。そのためか、マレンゴやアウステルリッツ、イエナやフリートラントといった名立たる戦勝の軍事行動に関する記述は殆どなされていない。
一方でこの「行為の人」の行動の背景にある人間性や思想(?)と言ったものに関しては興味深い内容が多く含まれており、そういった面に関しては一読に値すると思われる。革命に対する立場、民法典編纂時の発言や学問・芸術に対する姿勢、歴史的人物に対する評価、彼の出自にも関わる政治的立場といったものは、その後の近代の国家観に重大な影響を与えた強烈な個性を理解するうえで、貴重なものと言えると思う。
この後、本書で指摘された彼の中の矛盾が、彼を没落に追い込んでいく経緯が下巻で述べられると思うので、下巻を期待して待ちたい。