回送電車は何の前ぶれもなく目の前に表れる。コントロールを誤ったボールから、古本のすき間から、ふとした読み間違いから…。その瞬間、驚くべきスピードで忘れていた記憶が鮮やかによみがえり、全く違う場所へ連れ去られるような経験は、誰でも身に覚えがあるのではないだろうか?
この散文集では作者の少年時代から現在、または故郷の岐阜からフランスまで、場所や時間だけでなく、ありとあらゆる枠組みを越えて、想いが駆け抜けてゆくさまが綴られている。数々の一瞬はつながり、どこか無限なものへとたどり着けるような昂揚感を読む者に与える。ひそやかながらも、幾すじもの残像をまぶたの裏に焼き付けていくような、まさに「回送電車」の名にふさわしい作品である。