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雁 (新潮文庫)

価格: ¥389
カテゴリ: 文庫
ブランド: 新潮社
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「僕」の妄想が作りあげた「ヒーロ」の岡田 ★★★☆☆
 この物語は世上言われているようなお玉と岡田の悲恋物語だろうか。文章は精読されなければならない。岡田は友人の「僕」に、お玉への恋情を打ち明けたことはない。岡田は日課の散歩の途中でお玉が彼を見つめているのに気づき、「無意識に」帽子を取り、会釈を交わすようになるが、家の表札を確かめることもない。お玉が飼っている紅雀を蛇が襲っていたのを取り除いてやった時が、お玉との最接近だが、その時も親しく話すことはなかった。岡田が顔を赤らめたというのも僕の印象で、若い男女が出会えば恋心が無くても顔を赤らめたりはするだろう。岡田が僕に蛇事件を話した時、お玉を「別品だ」と呼んだだけだった。「実は岡田を主人公にしなくてはならぬこの話は・・・」と書き出す僕の妄想が、岡田を勝手に主人公に仕立て上げているのである。
 実は岡田はそれどころではない。彼がお玉を知った頃、ドイツのW教授の助手としてライプチヒ大学で働くという話が舞い込んできたからだ。学業は中位で、官費留学の可能性の全くない彼にとって、渡航費と給料を貰いながら本場医学の勉強が出来るということが、明治13年の彼に何を約束するかを考えなければならない。岡田とお玉の階級差を問題にする論評もあるが、あの頃は大学を出さえすれば社会の頂点に立てたと考えるならば、お人好しすぎる。それ程裕福でなさそうな岡田には、留学は当時の男子の最大目標である「立身出世」を果たす千載一遇のチャンスであり、お玉とどうこうしている問題ではないのだ。
 お玉は岡田に対する片思いが頂点に達する。岡田への恋慕と、岡田がお玉の「高利貸しの妾」という境遇から救い出してくれる筈だと言う幻想が重なり、ある日彼女は岡田と一夜を共にしようと決心する。しかし隣家には裁縫塾を開き、女手一つで身を立てているお貞未亡人もいるのだから、白馬の騎士を待つだけのお玉の「覚醒」度はまだまだ不十分である。
 お玉を好きだったのは岡田ではなく、お玉が高利貸しの妾であることを知っている僕である。僕は岡田を嫉妬し、「自分を岡田の地位に置きたい」と考える。しかし岡田のいる間は「僕の(自)意識」がそれを許さなかった。岡田が洋行した後で、お玉と「相識」となる。それはどのようにしてであろうか。僕はその次第を「物語りの範囲外である」として明かそうとしないが、文章から想像はつく。「自分の清潔な身は汚さない」僕が、岡田を格好の話題にしつつお玉に近き、「情人としての要約(条件)の備わっていぬ」ことを逃げ口上にしながら、情欲を遂げたのであろう。僕は岡田とお玉を二重に裏切ったのである。最後に残るのが僕の勝ち誇ったような声明だけだとしたら、この物語は単に「洒落た」姦通小説であり、近代文学とは向きあえない。
女性の細やかなところが何故書けるのか ★★★★★
J文学で紹介されていたので読み直しました。

森鴎外が女性の細やかなところが何故書けるのかがわかったような気がしました。

J文学の紹介でちょっと英語にしたものでは,ニュアンスが伝わらないような気がしました。
岡田とお玉、ああ、すれ違い ★★★★★
 約100年前に書かれた「すれ違い」小説のはしりである。こんなにも面白い小説が、この時期に既に書かれていたのだ。漱石といい、鴎外といい、書かれているテーマが実に現代的で興味深い。こうなりゃあ、新しい小説なんて、何も読まなくてもいいんじゃないかな。
運命の切なさに満ちた名作 ★★★★☆
 本書は鴎外初心者におすすめしたい一冊だ。文章はあくまでも怜悧明晰で読みやすいし、ストーリーも恋愛物でとっつきやすいし、東京に住んだことがある人はかつての東京を思い浮かべることができて楽しいだろう。しかしながら、本書は単なる恋愛物ではない。高利貸しの妾となり、さらには思いを寄せた岡田には洋行されてしまう女性がヒロインである。本書を読んで唸らされたが題名の『雁』である。最後の方で不忍池の雁が、投げつけられた石に当たって死ぬのだが、これは運命に翻弄されたヒロインお玉、そして我々をも表しているのである。鴎外の作品の中には小難しくてとっつきにくいものも少なくないが、まずは本書から鴎外の世界に入って行くのがいいだろう。
やや凡作か? ★★★☆☆
最近私は明治から昭和初期の小説をよく読んでいて、『雁』を読む前は谷崎潤一郎の『春琴抄』を読んだ。『春琴抄』は谷崎の代表作だけあって、非常におもしろく読めて満足したのだが、『雁』はどうも内容が散漫で、読んでいる途中でだるい気分になることが多かった。
私の印象では、鴎外の処女作『舞姫』のほうがずっとよかったと思う。ただし雅文体で書かれているので、現代の私たちにはかなり読みにくい。そこで「読みやすさ」という点から『雁』がすすめられることが多いのだと思う。
しかし、読みやすいのと引きかえに、内容まで凡俗になってしまっている感がある。これがもし鴎外作でなかったら、果たしてここまで長く読み継がれる小説になっていたかどうか、大いに疑問だ。