AVに触発されぬよう、AVを見る前に読む本。
★★★★☆
本書が指摘するAVを情報源として提供される神話について、いったいどのくらいの視聴者が「神話」であり、幻想であると理解していようか。
これら男から見た、女性は性奴隷であって欲しいとの願望・欲望からなる「神話」は、全てではなくとも常識に近い線で捉えられてはいまいか?
映像に触発されて、同様の犯罪行為を犯してしまう人が増えるならば、ハリウッド映画は全てR指定どころか上映すらできまいと言うなかれ、派手なガンファイト等をフィクションと理解してなのか、行う輩は少数に過ぎないが(それでもGTAなるゲームを真似て、米国では殺人事件発生)、自慰代わりの突っ込むだけの「性交」をしたり、妻や恋人へのレイプを行ったことのある人は少数ではなかろうし、殺人等重大犯罪認知件数は低止まっているが、性犯罪認知件数は昭和4〜50年代の3千件から、近年約9千件に増加しており、これがAVの影響でないとは言い切れないだろう。
AV視聴者の多くは女性ではなく、AVをテーマにした本についても本書の宮淑子氏しかほぼ見つからなかった点からも、女性によるAVへの反論はとても小さな声でしかない。
一方男からは、抜く事が主眼でしかなく、故に本書がレイプAVを撮影したとするバクシーシ山下監督を、宮台氏ら知識人でさえ賛美してしまい、女性目線が欠落してしまうのだ。
著者は、『アン・アン』製作の女性のためのAV『ラブエクスタシー』を減点付きながらも褒めてはいるが、このソフトなAVともいえない代物は、小学生すらも抜けないのではないかと思われ、これが商業的に成功する訳はないのだが、AVリテラシーの形成・陶冶が不可欠との言には賛成する。
行政のAV規制には反対だが、AV神話の若者への更なる拡大は防がねばならないしで、解決策迄未到達であり、盗撮についての記述がなかったのも不満だが、重要な問題提起ではあった。
AV的欲望と戦うために
★★★★★
良心的な本です。AVが提示するイビツなセックス・イメージや女性像の誤りを批判し、AVが社会や青少年に与える悪影響を検討する、という趣旨。フェミニズム×PTA的に生真面目に書かれていますので、少々疲れますが、論じられている内容は至極まっとうだと思いました。
「女性は性交(「本番」のところ)によってこそ快感を得る」「女性にとってもフェラは気持ちいい」「射精は顔や口などにするもの」「コンドームなしでも大丈夫]といったAVで表現されがちなメッセージが必ずしも(あるいは全く)正しくないと述べ、代わりに男女が共に楽しめるセックスのあり方を提言します。AVでやられていることを真に受ける人は少ないとは思いますが、やはり男中心的な独特の欲望をかきたてられそれが習い性となってしまう弊はあるでしょうから、こういう指摘はためになります。
また、AVの一大ジャンルをなす「レイプ」ものが徹底的に論難されます。「女性は最初は嫌がっていても最終的には快感を得る」「むしろレイプを求めてすらいる」「あれは演技」といった通俗イメージを退け、レイプによるトラウマで苦しみ果ては自殺する女性が少なくないこと、女性が常日頃から性犯罪に対する身の危険を案じていること、また「フィクション」であっても実際の現場ではほとんど性的暴行としか言えないような事が起っていること、などの実情を説明していきます。特に、レイプAVがあることで現実のレイプ犯罪は減少する、という発想には根拠がなく、むしろAVが性犯罪の「学習」に役立ってしまっている、という事実の確認はなるほどと思わせられました。
もはや一種の「型」となっているAVの内容を抜本的に変えるのは極めて困難でしょうが、とりあえず、男性のしばしば暴力的な欲望が野放図に肯定され拡大されているAV産業の現状を反省するための本として、有益だと思います。