ベケットの小説のなかで一番読みやすい本でもありました。
徹頭徹尾理詰めで展開される世界。
チェス
合理世界の果て。
読みやすさもベケットの小説のなかでは一番でした。
ベケットはわざとつまらない些事にこだわっているようにも見える。どこまでごだわって見せるか、それが勝負どころなのだ。また、ベケットは決して何かを断言したりはしない。作者が作中人物について確たることを言えるはずがないからだ。トルストイやバルザックたちが完璧な小説を書くことのできた、そんな牧歌的な時代は終わった。作者が偉そうに(あたかも神のように)注釈をくわえることなど、ベケットにはあまりにおこがましくてできそうにない。
その代わり、不確かなことは不確かだと猫出する率直さくらいは持っている。あっちへふらり、こっちへふらり。ああでもなく、こうでもない。恐ろしいほど回りくどく、恐ろしいほど退屈だ。その結果、「ワット」という、読者からのどんな共感や意味づけからも自由な、奇跡としか言いようのない、美しい本が今私たちの手の中に残った。この小説に果敢にも挑む、辛抱強き読者がひとりでも多くあらんことを!