物語全体を覆う複数性は,時間,空間,人物(性別,年齢,心理,職業など)の基本に,差別‐被差別や貧富が加わる。これらを一手に引き受けている男性は,作中で徹底的にその複数性を歪めていく。生い立ちから結末に至るまで,ひたすらに歪める。その歪みを,米南部という舞台が大きな役割を担い支える。
その歪んだ複数性を,純粋な単数性(≠単純)が包み込む。そのため,主人公はあくまでこの女性なのだ。彼女の時間軸,空間の動き,関わりのある人物は,彼女にとっては一様である。対して男性のそれらは,歪みを持つがゆえ一様たりえない。歪んだ複数性とは,自己分裂とも表現できよう。
「圧巻」とは,まさにこの作品のためにあると言っても過言ではない。米南部の『八月の光』は,その男にとっては烈火のごとく,彼を焼き尽くす。その尋常でない光の下では同時に,永遠に変わることのない人がいる。また反対に,その光に耐えられず社会とのずれを持つ人がいる。その光の注がれる町を,主人公の女性が訪れやがて去っていく。