スタインベックの最高傑作
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アメリカの作家・スタインベックの最高傑作だと思います。なのでノーベル賞は本作ゆえの受賞だと僕は認識しています。世間でも同じように捉えられているとは思いますが。
スタインベックの作風として挙げられるのが「外面描写」です。「怒りの葡萄」でも基本的には外面描写で、これが直接的に登場人物の内面に触れるよりも、その言動を外面から書くことによって読者の想像力を刺激しつつ、ジョード家の面々や元牧師さんへの感情移入の一助ともなっているように思えます。
小説の内容としては、純朴な農家・ジョード一家が絶望的ともいえる現実に直面しつつも何とかそれに耐えて生きていくさまを描く物語パートと、なぜそのような現実に多くの農民たちが陥ったかを説明するように農民の立場から社会全体を描くパートがあって、その二つがほぼ交互に構成されています。特に後者からは社会主義的な主張が散見されるために、アメリカの一部では有害図書として焚書にあったとも聞きました。
スタインベックの作では「エデンの東」も有名で僕ものちに読んでみましたが、登場人物の力強さ・小説の構成・社会性・わかり易さ、どれをとっても「怒りの葡萄」のほうに軍配を上げないわけにはいきませんでした。
なお、名監督が映画化しており、映画の人気も高いと聞きます。僕はこの小説を読んだ後に映画を鑑賞したのですが、断然小説のほうが説得力を持って胸に迫ってきます。そもそも2時間の映像ではこの小説の内容を伝えきれないとも言えます。
「映画化されてるんなら映画だけ見てみよう」という時間が勿体ない的な考えは、忙しい現代人ならば誰しも持つものだと思いますが、是非とも活字で読んでほしい作品です。もちろん映画でのヘンリー・フォンダや母親役などの名演技は見ごたえがあるのですが。
分かりやすく、「格調高い」レビューが既にたくさんあるので今更僕が書くほどのこともないかとは思いましたが、僭越ながらレビューさせて頂きました。
埃まみれの人間の誇り高さ
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説明無用…と言いたいところだが、「文学である小説」でなく「ただの小説」が溢れかえる
このご時勢にはこの作品にすらも説明が必要かもしれない。
この作品は、ロバート・キャパなどで名高いピューリッツァー賞を受賞した。
それだけ社会性が強く、かつ格調高い作品というわけだ。
この作品は仕事を求めてカリフォルニアへ旅する農民の旅と受難を描きつつ
社会の矛盾を容赦なく告発し、人間への篤い信頼を表明したものだ。
作者ジョン・スタインベックは農民の生活と旅を呆れるほど綿密に、丁寧に描く。
その文体のしぶとさが、ハイスピードな文体や殺人まみれの小説に慣れた人には
まだるっこしく感じられるかもしれない。しかし、あえて出来るだけ一気呵成に読んで頂きたい。
そのまだるっこしさが迫真のリアリティに感じられるだろうから。
そうなればしめたものだ。これほどぐいぐい読者を引っ張る牽引力を誇る作品は滅多にないのだから。
スタインベックが描く社会の底辺であえぐ人びとは無力で、しかし格調高い。
しかも第二章、トム・ジョードが登場する場面一つとっても分かることだが
「貧乏人に正義あり。金持ちは皆悪人」という単純な図式にのっとらず
苦しめる側も苦しめられる側も極めて表情豊かに描かれていて、
「自分がもしこいつの立場だったらどう振舞うだろう…」と読者はいつの間にやら我が身を振り返っている。
豊かな人物造形、力強い文体、現代にも通用する問題意識の鋭さ、
この作品の魅力を語りだすととにかくきりがない。
「怒りの葡萄」は現代においても、人びとの心に実り続けているのだ。
アメリカにおける社会主義リアリズムの頂点
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1930年代、旱魃に襲われて農地を追われ、家財道具一式をポンコツのトラックに積んで遙か彼方のカリフォルニアを目指したオクラホマの小作人一家の物語。
「ルート66」を紹介する書物では必ずと言っていいほど言及される本書ですが、この歳にして初めて読んでみました。アメリカの国是ともいえる弱肉強食の自由主義経済が、これほどまでに強引な資本集積をこの20世紀に至ってもなお、情け容赦なく進めていった醜態、しかしそれらが単なるルポルタージュにとどまることなく、キリスト教の博愛主義や社会主義リアリズムをもベースとした一つの文学作品に結実したことには感嘆するほかありません。人間扱いされない悲惨な境遇にもめげず、逆境に立ち向かっていった主人公(主婦)の姿が如何に神々しいことか。古典の一つとしてではなく、今、この21世紀を生きる私たちにも是非読んでもらいたい一冊だと思いました。
アメリカの歴史
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アメリカ合衆国は若くて歴史がないように言われますが、本書を読んで、そんなアメリカにもやっぱり人々の歴史があるんだなと再認識しました。貧しい白人層というのは聞いたことはありますがよく知らなかったので、黒人などの有色人種ならずともこんな苦難があったのだな、と認識を新たにしました。白人どうしの中でもこれほどまでの貧富の差、富裕層と貧困層の間での恐れ、憎しみ、不安などがあったのですね。
人力や馬の古い時代から自動車と機械と大規模農業の時代への転換期。この後の時代のことをもう少し知りたくなりました。ジョード一家のような大勢の人々は、結局のところこの後、どうなっていったのでしょうか。
スタインベックが大好きです。
★★★★☆
「エデンの東」とは180度くらい趣きの違う作品で、スタインベックの力量をまざまざと見せつけられました。この本は大人になってから読むべき本なのでしょうね。
本書で描かれるのは、どんな苦境の中でも人間としての矜持を保ち、大きな壁に立ち向かう芯の強さです。
虐げられたり、災難にあったり、理不尽な扱いを受けたりして目の前が真っ暗になったとしても、歯を喰いしばり、はいつくばってでも前に進んでいく強さ。
いまでは、この本で描かれる状況に陥ることなどないでしょうが、多かれ少なかれ、人生の難関はやってくるものです。その時、ぼくには逆境に立ち向かう強さがあるのか。試される時、顔を上げて前進することが出来るのだろうか。本書を読んでいる間、ずっとそのことを考えていました。
いったい、このジョード家のみんなはどうなってしまうのだろう?
人事ならぬ関心で読み進めていくのですが、本書のラストはまことに不思議な終わり方でした。ここに到って、本書は一気に神々しい光に包まれます。ぼくが感じたのは、天から光が射して、微笑みたまう聖母のイメージでした。
人間は、強い生き物なんだと実感しました。
う〜ん、読んで良かった。ますますスタインベックが好きになりました。