ブラックホールからホログラフィー原理へ
★★★★★
この本、なかなかおもしろい。サスキンドは、スタンフォードの教授だが、もともとは労働者階級の出身で、若いときはプラマー(鉛管工、あるいは 水道屋で、アメリカでは下層階級の代名詞)をしていたという異色の物理学者だが、オランダのノーベル賞学者、トフーフトとほぼ同時期に「ホログラフィー原理」を提唱したことで知られる。この本のテーマは、「ブラックホールに吸い込まれた情報は不可逆的に失われるのか?」というもの。ホーキングは「失われ る」と答えたのに対し、トフーフトとサスキンドは、量子力学の基本法則が可逆的である(時間を反転しても同じ法則が成り立つ)ことを根拠に異議を唱え、「失われない」という論陣をはった。サスキンドは、その主張が物理学界に認められていった過程を回顧するのだが、人間味あふれる話も織り交ぜられ、ホログラフィー原理の裏話なども入って面白い。
ホログラフィー原理は、大まかにいうと三次元空間に蓄えられる最大の物理情報は、その空間を囲む二次元の表面積に比例するという。したがって、三次元情報は二次元情報に還元されるわけだ。ちなみに、トフーフトはヒモ理論に冷淡だが、サスキンドは、どうやらヒモ理論のシンパのようだ。ホログラフィー 原理の含意する還元主義と、ヒモ理論が前提する超対称性などの拡張路線がどう調和するのか、わたし自身には大きな疑問があるのだが。
ひも理論家、ホーキングを語る
★★★★☆
サブタイトルに著名人であるホーキングの名を入れず、「ブラックホール戦争」だけだったなら、かなりの購買層にスルーされたのではないでしょうか。ホーキングとの熾烈な論争みたいな内容を期待すると肩透かしを食らうと思います。著者自身、この議論は目立つことなく交わされたと書いているとおり、人間的な闘争とは無縁です。その点、このタイトルは大げさ過ぎると言えるでしょう。
要は、ブラックホールに落ち込んだ情報は最終的に消滅するとしたホーキング陣営と、情報は保存されるとした著者陣営の論争が主題で、著者陣営が勝利したとしています。また、この論争の過程で、ホログラフィック原理などが著者らにより提唱され、理論物理学のパラダイム・シフトが起こった、あるいは始まりつつあると言っています(個人的にはひも理論からして停滞しているし、そこまでいっていないように思えるのですが)。
かなりのボリュームを、相対性理論、量子力学、情報とエントロピーの解説に費やしていますが、さすがにこういうところは大学の教授らしく筆達者なので飽きることなく読むことができました。しかし、著者が語ろうと努めたという物理学者の人間的な要素については、物足りないというのが正直な感想です。かえって掘り下げが足りないために、著者が誤解を解きたいという物理学者のイメージ「世間ばなれした問題に夢中になっている変人」の感が強まってしまったような気すらします。物理学者が学者仲間のことを書くのは、サイエンスライターが取材に基づいて書くのに比べ難しいことなのかもしれません。
多くの人が興味を持つブラックホールや相対性理論の世界へと誘う書
★★★★★
ブラックホールに落ち込んだ情報がどうなるのかをめぐって争われたブラックホール戦争。
かの有名なホーキング氏は、情報は最後はブラックホールともに蒸発して失われると主張した。
これに対して著者のサスキンド氏は、情報はホーキング放射でもどってくることを、ブラックホールの相補性原理(邪魔されることなく地平線を越えていくことも正しく、ひどくかき混ぜられて光子として粒子に戻るということも正しい)とホログラフィック原理(ブラックホールの内部の情報量の保存限界はその表面積に依存する)をもとに対抗した。
アインシュタインの相対性理論やハイゼルベルクの不確定性原理からはじまり、難しいことを巧みな例を引き合いに出しながらおもしろく、わかりやすく説明しています。
また、著者が何度となく述べている頭の再配線・パラダイムシフトは、物理学の世界の話だけではなく、世の中一般のこととして心に留めておくものでもあると感じました。
理解できないところも多々ありましたが、多くの人が興味を持つブラックホールや相対性理論の世界へと誘う、まさにこのようなものを期待していた、というような書でした。
ホーキングの「ブラックホールの蒸発」が示した科学革命の予兆
★★★★☆
ホーキングが場の量子論と一般相対性理論を結びつけて出した「ブラックホールは放射を出しながらエネルギーを失って蒸発する」という衝撃的な結論が世に問われてからもう30年以上の月日がたつわけですが、これまで正直ホーキング放射というものを、いずれ統一されるべき量子力学と一般相対性理論を巧みに組み合わせて、今日の時点で計算できることを計算してみせたくらいのものとしか認識していませんでした。しかしその認識は間違っていたのですね。ホーキング放射がブラックホールから出てきてしまうという量子力学にもとづく計算結果は、一般相対性理論の基礎にある原理たる等価原理と量子力学の不可避の帰結たる不確定性原理、これら現代物理学の根底を支えている2つの根本原理が原理的に矛盾しているというあまりに重大な事実を白日のもとにさらすものだったのですね!
等価原理によればブラックホールに自由落下する運動をしている観測者には重力の影響は存在しないのだから何事もなくブラックホールの事象の地平面を越えていくはずだが(落下する観測者にとっては地平面自体がない)、量子力学によればブラックホールの地平面はホーキング放射で灼熱地獄のはず。ブラックホールに落ちていく観測者には何もないはずの地平面が、外部の観測者から見ると熱い放射で満ちている。ブラックホールに落ちていく観測者は放射に焼かれないのか?焼かれるとしたらアインシュタインの等価原理が破れていることになるし、焼かれなければ量子力学の真空理解が間違っていることになる。もちろんどちらの原理も間違っているはずはないのである!・・・ということなのだと理解しました。こんな度肝を抜くようなすごい話だったなんてホーキングがらみでこれまで読んだ本書以外の本では全然わかりませんでしたね。
ホーキング自身はこの2つの大原理間の矛盾を適切に解決したというわけではなかったようですが、しかしこれほどの根本的な重大問題を提起しえたという一点で、サスキンドも認める通り、やはりホーキングは科学史上に燦然と輝く最も偉大な理論物理学者の一人なのでしょう。
勝者は語る!
★★★★★
著者のSusskindは既に前著の“The Cosmic Landscape(宇宙のランドスケープ)”で一章割いて、Hawkingを始めとする一般相対性理論の専門家とのBlack Hole戦争について論じているが、それだけではまだ十分でないとばかりに今回はこの話題について本を一冊書いてしまった。それが本書である。
Black Holeは熱を持つので、Hawking放射と呼ばれる電磁放射の形でEnergyを放出する。その結果、Black Holeは最後には質量を失い、完全に蒸発し、後に残るのはHawking 放射の光子だけである。面白いことに、Black Holeに落ち込んだ物体の質量は必ずHawking放射として戻ってくる。しかしHawkingはBlack Holeに飲み込まれた情報は永遠に失われると主張した。これに疑念を表したのが、この本の著者のSusskindや彼が尊敬してやまないGerardus ‘tHooftである。こうしてBlack Hole戦争は勃発する。
HawkingはBlack HoleがRandomさを作り出すと主張し、そのためHawking放射がBlack Holeの近傍を脱出する前に情報はすべて失われると主張した。量子力学は自然法則にRandomさを持ち込むが、これはかなり制御されたもので、ここでHawkingは量子力学が許容している以上のRandomさを主張している。そのため、このHawkingの主張はParadoxicalに響くのである。
本書はこうした話題にほとんど予備知識を仮定せずにわかりやすく説明している。是非一読を薦めたい。