ボリス・ヴィアンの小説『うたかたの日々』を原作にした、岡崎京子によるコミック。雑誌「CUTiE」の連載(1994年~1995年)後に、著者がプロローグ、ラストを描き加え、全体に加筆修正したもの。
「ちょっとした財産もち」のコランと軽やかで美しいクロエ。ふたりは盛大な結婚式を挙げるが、そのすぐ後、クロエは肺に「睡蓮」が巣食うという奇病に侵される。治療費のために破産に追い込まれながら必死に看病するコラン。だが、クロエは日に日に衰弱していく。そして、ある作家の偏執狂的コレクターのシックとその恋人アリーズ、コックのニコラなど、周囲の人々の人生も深刻な様相を呈していく。
原作ともども、この作品の魅力のひとつは、残酷さと無邪気さをあわせもつ幻想的な描写の数々にある。恋するふたりを包む、熱くてシナモンシュガーの味がするバラ色の雲や、土から生えてくるたくさんの銃身、そして、クロエの胸から伸びて咲く睡蓮の花…。原作を知る人にとっては違和感をおぼえる場面もあるかもしれないが、彼女の目をとおして、ていねいに描かれたヴィアンの世界を、特に前半は、ただ楽しみたい。後半に入ると、破滅へ向うコランたちの姿が現実をぎりぎりのところで生きる岡崎作品の登場人物の姿と重なり、物語は一気に走り出す。
凝った装丁も、本書をより魅力的なものにしている。白い箱から真っ赤な本を取り出せば、表紙には睡蓮の花。しゅるりと勢いよく伸びるその姿は、恐ろしくて、美しい。(門倉紫麻)
独創的なおとぎ話
★★★★★
主人公たちのそれぞれの物語も丁寧に描かれていましたが、
ねずみとか、コックのニコラとか、主人公とともに衰退していく屋敷とかが印象的でした。
全体を通して独創的なインテリアとかファッションとかもさすが岡崎京子です。
原作がどうなっているのか知りませんが、ねずみの最後が読了後にずっと胸に残りました。
アンニュイな感じになりますが、出会えて良かった本です。
遠い昔の記憶
★★★★☆
今からもう十年ほど前に、なんの雑誌で見たかも、どういうタイトルだったかも忘れていたマンガを読みました。
それを先日ある友人宅で発見し、まず本としての作りの美しさに惹かれ、パラパラとめくってみたのがこの「うたかたの日々」でした。
原作も何も知らない(もっと言えば思い入れのない)身からすれば、傑作だと思います。あの頃ではきっと分からなかったはずの、破滅していくことの恐怖が身に染みて、今読めて良かったと思いました。
作品によっては線の細い岡崎さんの絵が苦手だったりするのですが、この作品は特に世界観とマッチしていた気がして、一気に作品の中に引っぱっていかれました。
岡崎京子もヴィアンも好きだからこそ・・・・・
★★☆☆☆
私は岡崎さんの漫画のファンですが、それと同じくらいヴィアンのこの名作にかなり思い入れがあるので、だからこそハッキリと書きます。
この漫画では両者の持つ“味”みたいなものがうまく合わさっておらず、ヴィアンの茶目っ気・岡崎さんの鋭い感覚…両方の強烈な個性が共に掻き消されてしまったように思います。
なぜなら、表面的なストーリー設定ばかり原作に忠実なせいで、岡崎さんの感性も見えてこないし、そのわりには原作最大の魅力である洒落っ気溢れるエピソードの数々がまったく漫画に反映されてないからです。ヴィアンの真骨頂はまさにあのユーモア感覚なのに。間違っても“耽美で繊細なお話”なんて思ってはいけません。
しかしながらこの漫画ではあの残酷さと表裏一体のユーモアが消えているので、ただ設定が風変わりなだけで“美しくてはかない恋のお話”になってしまいました。
そして一番許せないのは、小説を漫画という媒体で描くのだから、原作の情景描写にあたる文章をそのまま引用するなんてナンセンスなことはしてほしくなかった。他媒体だからこそ、説明的な文章に頼らず極力絵で魅せるべきでしょう。これは他の方も書いていましたね。いかに自分らしい解釈で原作の情景を絵にしてみせるかで、漫画家の実力も最大限に発揮できるところなのに、そのまま単純な絵にして文字で解説を入れるだけだと、漫画という媒体の良さがなくなってしまいます。
小説のコランは、美しそうな後ろ姿の女性を見かけて追い掛けたら、その女性の顔の醜さに驚いて泣きだしちゃうような奴。ただ美しいものが大好きな軽い若者。しかもクロエの事が気に掛かるからって、簡単に関係ない人を殺しちゃう馬鹿みたいな残酷さ。そういった細かいエピソードの一つ一つがヴィアンのこだわりであり、この話が“耽美”とか“繊細”だとかいう言葉で簡単に語るべきでないただの悲劇ではない事がわかる筈。それなのに、あんなに軽くそのまま解説つきの簡素な絵で差し出されては、ヴィアンのエスプリがまったく感じられません。
何故、レイモン・クノーが“もっとも悲痛な恋愛小説”と評したのか・・・・・。それはクロエやシックが悲劇的に死んでしまうという、上っ面のストーリーをなぞるだけでは分からないと思います。
幻想小説なのですか?
★★★★☆
私、1968年生まれです。岡崎京子というと若かりし頃にかなり影響をうけました。
今、読んでもいいですね、退廃と破滅って美しいですね。
40前になると、破滅が身近なものになってきてるので、美しさを感じる余裕
がだんだんなくなってきましたが(笑)
原作のボリス・ヴィアンも読まないと理解浅いのでしょうかねえ?
でも、岡崎京子をこよなく愛し、崇拝する私としては、原作は必要なしとしなければ
なりません。
いい年して、普通の社会人にならなきゃいけないのですが、まだこういう作品に対して
感じるものをなくしてしまいたくないなあ、とおもいます。
漫画表現の臨界
★★★★★
上梓されてから半世紀近く経ちながらなお現代漫画の一級の原作として機能しうるボリス文学の普遍性もさることながら、そういった優れた文学作品を真っ向から漫画という別ジャンルに呑み込む岡崎の才気にも驚かされる。まさにふたりの天才の美の饗宴。
この時期、岡崎の画力・演出・構成力も洗練され、このタイミングだからこそボリスの作風とシンクロし得たといってよい。
耽美でデカダンの匂いが立ち込め、シュールでポップで、普遍性と同時代性を同時に兼ね備えている。
漫画作品としての可能性の臨界だ。