現代アメリカにおける哲学・思想の諸潮流を俯瞰
★★★★☆
一応、名は通っていると思われるけど、“クロカン並み”の“オリジナリティの無さ”と“悪口雑言”が売りのアルファブロガーが、よく「経済学の教科書を読んだことのない××」などと、政治家等に悪態をついているのを見掛けることがある。この“東大××”の典型的人物が語る「教科書」とは、主にアメリカのエコノミスト達が書いたテキスト等を指す場合が殆どだが、経済学を含む社会科学に唯一不変の「教科書」などある訳がない。その経済学と密接に関連する現代アメリカの哲学・思想状況を俯瞰しているのが本著である。
こうした経済学との連関は、いみじくも佐伯啓思氏が述べていたように「リベラリズム、デモクラシー、ビジネスの三者の結合がアメリカの『普遍』」、つまり「ビジネス(経済活動)を媒介とした、リベラリズムとデモクラシーの結合」(『「アメリカニズム」の終焉』p.126)―この場合、ビジネスをキャピタリズムと置換してもよいが―このことが「哲学不毛の地」アメリカの思想風土を特徴付け、アメリカナイゼーション(アメリカ主導のグローバリゼーション)の波に乗って、西欧諸国や日本などの哲学・思想業界を席巻しているのかもしれない。
従って、著者の仲正昌樹氏(金沢大学)のいう「“哲学・思想のアメリカ化”傾向」(本書p.17)も、この文脈で理解できよう。無論、“哲学・思想のアメリカ化”傾向なるものを「アメリカ主導のグローバリゼーション」がもたらした結果というには、著者も制するごとく「それではあまりにも大雑把」(同p.18)である。それを踏まえて書き下ろされたのが当書であり、リベラリズム(自由主義)を中心に据えたアメリカ現代思想(リバタリアニズム〔自由至上主義〕やコミュニタリアニズム〔共同体主義〕等)の諸潮流を知るには絶好のテキストだ。
わが国においてもリバタリアニズムと結び付いた現代シカゴ学派(フリードマン学派=市場至上主義)が近年隆盛を極め、「アメリカではの守」一派が闊歩している、だが、先述したように唯一不変の経済学教科書や哲学・思想のみがアメリカ本国に存在している訳ではない。むしろ、これらを客観化する多様な批判的材料も湧き出ていることに留意する必要があるだろう。
自由と民主、をめぐるよい解説です
★★★☆☆
一言でいうと、日本では戦後、「アメリカの軍事的庇護の下での平和」という大前提を右翼も左翼も共有することで、左翼はあまり現実性のない思想を微細に展開することができた。でもそういう崩れようのない前提が現実に崩れない限り革命なんて起こるはずがなかった。要は、日本の思想界に決定的に欠けていたのは現実主義ということだ。
一方、アメリカの思想はもともと現実主義的なものだ。本書は、ロールズの『正義論』を核にアメリカの民主主義・自由主義の展開を解説している。それはとてもプラクティカルで、ビジネスライクな論争で、民主主義的な集団的意思決定手続きと個々人の自由をどうやって両立したら、国がもっとよくなってみんながハッピーになるか、というところに焦点が絞られている。最近は、その「みんな」って誰なの、とかいうところで議論が錯綜しており、マイノリティ擁護に乗り出す人たちと、そういうのを無視しようとする人たちとが入り乱れているが、上に書いた基本線は守られている。
ということで、思想が現実とリンクしようとしているところがアメリカの強さだし、おもしろさである。change と言ったら、ほんとに何か変わりそうな気がするでしょう。日本は、おっとりしてますな。
これまでに無かった「現代アメリカ政治哲学入門」
★★★★★
タイトルの「アメリカ現代思想」ってのは広すぎるタイトルである。現代思想のなかでも「政治哲学」に絞って解説してある。
かつてはドイツロマン派が専門であった仲正教授も時代の趨勢には抗し切れず、アメリカ政治社会思想に専門をシフトされた旨を本書でも告白されている。こういう正直さがこの著者の最も良い点だと思う。
ロールズを中心に、その後のリバタリアニズムやコミュニタリアリズムなどへの流れを、非常に手際よく、分かりやすく、コンパクトに紹介している。その文体も宮台真司みたいに衒学的な所が全く無く、文献なども丁寧に紹介してあるので、初心者にも十分ついて行ける。入門書の鑑と言って良いであろう。
本来なら、橋爪大三郎か宮崎哲弥あたりが10年以上前に出していて然るべき分野の本が、なぜか出遅れ、仲正昌樹という名解説者の「転向(?)」を待って漸く陽の目を見た、ってところか。
因みに副島隆彦著の類書は「アメリカ政局」や「社会情勢」には詳しいものの、「哲学」面での紹介が浅い、又は偏っているモノが多いようだ。
「現代」思想を通覧するに最新、最良のテキスト
★★★★★
仲正教授の一冊で現代思想を整理整頓するシリーズ待望の「アメリカ」現代思想登場。当該書籍内でも毒混じりで触れられているが「現代」思想・哲学はもはや独・仏ではなく、アメリカが中心であるということ。ただ、これまで個別の思想家・思想については翻訳・紹介書はあったがこのように全般的に触れられた書籍はなかったように思われる。
「リベラリズムの冒険」とサブタイトルにあるように(これを「スキゾ・キッズの冒険」など「〜の冒険」とつけられている思想書について含むところがあるのではと勘繰るのはいきすぎか?)、リベラリズム中でもロールズを軸に、「自由」と「民主」のバランスの天秤をいったりきたりする思想(リバタリアン、コミュリタリアンなど)を、歴史的背景とあわせて通覧していく。そこではフロム、ハイエク、アーレント各氏といったロールズ登場に至る源流から、ノージック、ローティーまで綺麗に仲正教授に咀嚼されピースに収まっていく。そういった意味で全体像を掴み取るに最良のテキストと言えるだろう。
ただ、以前、仲正教授が翻訳を手がけられていたアーレント「暗い時代の人間性について」を思い出すと何ともほろ苦い思いがこみ上げてきてしまった。一頁読むのにも苦労させられた代物が、当著ではアーレントの思想そのものがわずか数頁に平易に凝縮されてしまっている。後書きでは大雑把にと書かれているが、それ以上のものを汲み出す事は至難の業のような気がしてならない。日本においてアメリカからの影響をいかに抜け出すかということを考える以上に、現代思想は仲正教授が身も蓋もなく削ぎ落とした思想から抜け出すことから始めないといけないのかもしれない。
アメリカの自由をめぐる思想家たちの格闘の歴史
★★★★★
まず現代思想といっても、いわゆる"ポスト構造主義"とか"ポストモダン思想"との関わりは少ないので、そちら方面を期待している方は注意しましょう。この本ではもっと実践的な政治・社会・法哲学に重点を置いていて、ロールズのリベラリズム、ノージックのリバタリアニズム、サンデルのコミュ二タリアン、ローティのリベラルアイロニストなど、アメリカ現代思想の巨人たちの思想を紹介しつつ、さまざまな価値観を持つ人々がぶつかり合わないようにするために自由、平等、正義、共同体といった概念をいかに捉え、いかに理想的な社会制度を構築するべきか、その難問へ立ち向かう思想家達の格闘の歴史が書かれています。
そして同時にそういった思想が生まれた背景であるベトナム戦争や黒人差別、アクチュアルな政治情勢にも触れており、ちょっとしたアメリカ現代史の勉強ができるような構成にもなっています。
また本書ではアメリカのリベラリズムと日本の政治・社会・哲学とのつながりにも触れられていて、人種のサラダボウルといわれるアメリカでのリベラリズムの盛り上がりと比べて、国として一定のまとまりを持っていた日本では"アメリカの哲学"はずっとマイナーだったというくだりなど、読みながらその違いについて考えたりするのも面白いです。とはいえ現在では日本でもアメリカの哲学の影響・重要さはますます増しているようで、ぼくなんかは本書を読み、そのルーツを知ることで現在の政治・哲学の状況についてすごく明るくなった気がしました。宮台真司氏や北田暁大氏、東浩紀氏などの日本の人気の学者・思想家の著作が好きな人は、本書を読みながら「あの本で書いてたことはローティの影響だったんだな」などと思うこともあるかもしれません。
筆者は"本講義のねらいと構成"で「アメリカの自由をめぐる一つのストーリーにまとめることを試みた」と書いていますが、そのねらいはかなり達成されているのではないでしょうか。