森一郎『死と誕生』紹介
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本書は2008年度和辻哲郎文化賞学術部門の受賞作。ハイデガーとアーレントという20世紀の哲学者の「死」と「誕生」の思想に、20年代にマールブルクでハイデガーと出会った九鬼周造の『偶然性の問題』の成り立ちをからませる。
専門家にとって示唆に富んだ学術書であることは言うまでもないが、「私たちがいまいるとはどういうことか、死にどう直面するのか」という問いを避けられない一般の私たちにとっても、考えの糸口を与えてくれる。いなかった時があった、いなくなる時がある、そしていま存在する、この存在の根底を支配するのは「偶然性」ではないか。
著者の「あとがき」から: 「われわれはそもそも出会わないことが無限にありえたのであり、それゆえいつなんどき別れの時を迎えるかもしれない。現実のこの脆き地盤の上にわれわれは出会い、ともに生きているが、じつはそれは奇蹟に近いことなのだ。」
しかし神に見放されたかのようなこの世界のなかで、それゆえに貴重な現在の生とその出会いを本書は示唆している。そして過去から生き抜いてきたものたちー人間も物もーに思いを馳せることの大切さを示唆する。