日本側スタッフによって再編集された日本語版は単なる翻訳でなく付加価値が高い
★★★★☆
「リーマンショック」後、製造業の世界でいえば「トヨタショック」後(・・といっても、米国で発生した品質問題ではなく、その前に顕在化した販売数量の激減を指す)、製造業をめぐる環境も激変した。一言でいったら、全世界的に可処分所得の減少によって、モノに対する需要が激減したのだ。
こういった状況のなか、新興国、とくに中国とインドの製造業の急速な台頭は、欧米や日本など先進国の製造業にとっての真の問題となりつつある。その心は、国内市場がまだまだ小さい新興国の製造業による全世界的な供給過剰問題とそれにともなう市場価格低下傾向なのである。
ある意味では、かつて日本企業が欧米企業に対してチャレンジした内容が、はるかに大規模に新興国によって日本企業に対して行われているということでもあり、「禍福はあざなえる縄の如し」という感想を抱くとともに、本書の欧米企業にかんする記述を読んでいると、日本の製造業はすでに衰退している欧米の製造業の後追いをしているのかという、いやな予感さえ感じるのである。
日本の製造業にとって、真のライバルは欧米の製造業よりも、新興国の製造業なのである。
とくに、第3章「日本型製造観−なぜ戦略がなかったのか」における問題分析は読む価値がある。この章では、日本の製造業(・・もちろん対象は外資系コンサルのブーズ・アレンがクライアントと想定している大企業だが)が、なぜ戦略なしでこれまで成功してきたかについてきちんと整理しているからだ。現在の状況下においては、過去の成功要因がことごとく失敗要因に変化しており、いわゆる「成功のワナ」というヤツに捕らわれているのが日本企業の現状だ。正確な問題分析を抜きに処方箋は書くことができないので、この章だけでも読む意味はある。
第5章「日本メーカーへの処方箋」は、第3章における問題分析を踏まえての処方箋だが、もはや「リーマショック」以前の「円安バブル」再来が期待できない以上、「ものづくり神話」にこだわるのをやめ、構造的な低収益体制から脱却するための方策として、不採算の製品(群)や事業からの撤退とモジュール化による製造アウトソーシングの活用、それと同時に長期的に儲かる事業分野にシフトし、製造機能以外の強みを活かして付加サービス機能での収益力を強化することなどが提言されている。
個別企業の状況を踏まえた提言ではないので、きわめて一般的なものにとどまっているが、「増築や改築を重ねた温泉旅館」のような日本企業だから本館と別館を切り離すのが困難だ、といったいい訳に逃げることなく、撤退と新規分野進出を同時にすすめ、新興国市場攻略と新興市場企業との競争と協調を徹底的に考えて実行することが必用になっていることは、否定できる人は多くないだろう。すでに欧米の製造業は、製造機能を新興国の製造業に依託して協調し、日本の製造業を追いつめる方向に向かっている。
いまや日本の製造業は、欧米製造業を他山の石としつつ、自ら戦略をたてて運命を切り開く状況にあるのだ。外資系コンサルによるものだからと敬遠せず、製造業関係者だけでなく、日本の未来について考える人は、一度はざっと目を通すことを奨めたい。2008年に米国で出版された原著を詳しく見ていないので確かなことはいえないが、この日本語版は日本のスタッフによって加筆されて再編集されており、日本の製造業関係者にとっては付加価値の高い一冊になっているといえる。
現状の整理にはややお勧め
★★★☆☆
以前、某総合電機メーカーに数年勤めていました。現場や本社に近いところに在籍していた立場からコメントさせていただきます。
※本書の内容は一般的なビジネスパーソンやメーカー勤務者、学生を対象にしているものだと仮定した上でレビューを書きます。
ビジネスパーソンで元メーカー勤務者の私としてはレビュータイトルの通り、本書は現状の整理にはお勧めできるというのが全体を通した感想ですが、本書における問題提起を認識している人や知っている人、提示されている解決策をとっくに実践している人(会社)には今更な話なので、そのような読者層にとってみたら特段目新しい内容はありません。
ただ、「第3章 日本型製造観」や「第5章 日本メーカーへの処方箋」は現状を体系立てて整理しなおすには役立つと思います(やや抽象的かつ理論的な表現が目立ちますが)。
以下、私が気がついたレベルで良かった点とイマイチだった点を挙げます
注)主観に偏っているかもしれません
●良かった点
「おさらいという意味で頭の整理にはなる」
・日米の製造業における問題点と解決策の論点整理をしてくれているので、おさらいになる(米は不要だと思いましたが)。
・日本の製造業における弱点を「事業ポートフォリオの再構築」という論点に絞ったから主張が分かりやすい(パンチの弱さが否めませんが、これはこれで正しい主張だと思いました)。
・構造的な低収益性については正にその通りで、今一度再認識する為に読む価値はあります(よくぞ言ってくれたと思いました)。
⇒ご存知の通り、日本を代表する製造業の利益率はグローバルベースで他社と比較してかなり低い水準です(未だにannual reportでは営業利益率5%を目指していますといった宣言をされています)。これは財務的な観点から言える日本製造業の最も特徴的な構造的問題を表しているのだと思います。
●イマイチだった点
「全体的に具体性に乏しく、中途半端に理論的なので非実践的」
・話の内容に現実性や具体性が乏しく実践的ではない。例えば第5章に挙げられている論点は的を得ているものの、肝心の内容が薄い上に解決策が理論的な一般論。これでは学生が戦略論か何かの授業で課されたレポートに書くような内容と質に大差がないのではないかと思えます。
「儲かる製品分野にシフトする」といいつつ内容はNPVやEVAの解説にはじまり、それらの指標をもって「儲かる」製品分野にシフトしろと論じています。それはそうかもしれませんが、そういう話を読者層は期待しているのでしょうか?(経営学を学び始めた学生にはいいかもしれませんが)
・日本の製造業に勤務されている人達が当事者なわけですが、肝心の最も有用な情報を提供すべき人達にとってみたらあまり価値が見当たらないと思われます。即ち、今更欧米の製造業と比較しても、恐らく想定しているだろう対象読者層にとっては今更競合として再認識をしたり、重要視することはないので、学ぶことは少ないのではないでしょうか。
また、本書で言及されている日本の製造業の強みも弱みも当事者はおよそ認識しているし、先に触れた「処方箋」についても既に実践している会社はあります。
・日本の製造業にとって既に新興国メーカーが競合であるという認識はトップから現場まで浸透している為(少なくとも私が在籍していた会社では)、今更感が否めません。
・新興国メーカーのことを新たな競合であると触れていながらも、彼らの分析が全くと言っていい程出来ていません。(あえて触れなかったのだろうか?)。したがって日本企業を主体者とした場合の競争戦略論上の分析で肝心なところ(競合他社の分析)が抜け落ちています。
●結論
・日米製造業が置かれている現状をとりあえずさらっと知っておきたい、復習しておきたい読者向け
・論点が整理されているので読みやすい(やや中途半端に理論的なのがたまにひっかかりますが)
・内容は古いトピック80%、新しいトピック20%という印象
・知っている人は知っている話
⇒製造メーカー関係者(特に大企業勤務の方)や戦略論に明るいビジネス雑誌読者は必読ではない
・経営学部や商学部の学生さんにはお勧め
⇒但し、内容を鵜呑みにしないこと。メーカー内定者の方はこの本を読んで知ったかにならないように気をつけましょう
以上、思いつくままに挙げてみました。
少しでもご参考になれば幸いです。
翻訳というよりも日本版
★★★★☆
この本は一応 Make or Break の翻訳という形を取っていますが、原著のアイデアを元に日本の拠点のスタッフが書き直した別の本と言っても良いと思います。序文には「大幅に加筆」とありますが、日本の読者に興味のないと思われる部分も、また大幅に削ってあるようです。
第1章と第2章は製造業の関係者には特に目新しいものではありません。今まで言われていることを列挙しただけです。
ですが、日本サイトで加筆したと思われる第3章と第5章は興味深いと感じる方も多いと思います。日本サイトの著者らが日本企業のコンサルテーションを通じて生の声を拾った結果でしょう。
この本が日本企業に言っていることを大雑把に要約すれば、次のようになるかと思います。
新興国の台頭で成長が鈍化する今後は、戦略が必要。
と第3章で主張し、その具体的方法として、
儲からない製品、事業、顧客は切り捨て、儲かるものへ投資せよ。
と第5章で提案。
もちろん、儲かる儲からないは個々の製品(事業、顧客)単独の効果ではなく、他との相互作用(シナジー)の効果もあります。その効果を見積もる方法として、著者らは独特の(内容は非公開の)コスト・シミュレーションを行なっています。
シミュレーションというのは、経験者なら分ると思いますが、どんなやり方でも、必ずそれらしい答えが出ます。結果の数字は内部の定数をどう仮定するかで幾らでも変わってきます。しかも、理論的に値を出せないからシミュレーションを行うわけで、結果が正しいかどうかは直接確認できません。それなのに、いまだに「コンピュータが計算したから正しい」と主張する人もいますが...。
成功事例をいくつか載せていますが、知りたいのは戦略が上手く行った例だけでなく、何例その戦略を行なって何例成功したかではないでしょうか。コンサルタントの書いた本は例外なく失敗例を載せていません。万が一載せていたとしても、些細な失敗を載せることで正直さをアピールしたい場合だけです。
ですので、この本の分析は正しいのか、戦略は成功するのか、と自問しながら読むべきことは言うまでもありません。
とは言え、社内の抵抗勢力を納得させる方法として、このコスト・シミュレーションは、その結果が正しかろうと正しくなかろうと、有用に使えるという大局的判断もあります。また、今までを分析する、今後の戦略を考える、そのきっかけにはなると思います。
第2章までは当たり前の話が続きますが、全体としてみれば、読んでもがっかりすることの少ない本だと思います。
日本と欧米製造業の異なる強弱を対照し、双方の弱点克服のを説く
★★★★☆
ビジネスコンサルタントが書いた経営戦略物については、私の偏見かもしれないが、あまり良い評価を持ったことがなかったが、この本は読むに値した。
序文に書かれている通り、本書はもともとは欧米製造業の衰退とそれへの処方箋を主とした内容のまま翻訳出版されるところだったが、ブーズ&カンパニーの東京事務所の製造業チームが、それでは日本のメーカーに価値のある内容にならないと考え、日本のメーカーの戦略構築に役に立つ内容にするために大幅に加筆されたそうだ。その判断は正しかった。
欧米製造業と日本製造業という対照的な体質、強みと弱点を比較対照しながら、異なる戦略的な教訓を引き出す内容になっている。一言でいえば、欧米企業は製造過程を低収益と考え、不得意なプロダクション・プロセスのイノベーションを放棄することでじり貧に陥っている。一方、日本企業は「ものづくり」の優位にこだわるあまりに、低収益性が恒常化し、収益率向上のための集中と選択の戦略ができていない。
このこと自体、既に何度も言われてきたことだが、欧米製造業と日本製造業を公平に比較しながら議論を展開している点で有意義だ。
小難しくなくて読みやすい。
★★★★★
まずいいのは、内容が小難しくなく、込み入ってなく読みやすいこと。これなら製造業に関わる人なら誰も飽きずに読みきれる。次にそれでいて稚拙過ぎないことがいい。読んだ後、何となく問題意識が芽生える。何かを始めなくてはいけない、と。
実際今の自分の会社をこの本で言われるように「選択と集中」するように仕向けるにはかなりのパワーが必要だろうが、本気で取り組めば何かが変わるかもしれない。それこそ社員の意識は変わるはず。何か変化を起こす経営者が現れる場にいつか立ち会ってみたいもの。