その輝きは成就しなかった初恋の思い出のように・・・
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江川卓という怪物なみの才能をもった高校生に挑んだ少年たちの青春の輝きの記録。
「打倒江川」という目標を持ち、青春を野球に捧げた男たちが、江川を通じて自分たちの眩しかった時代を懐古している。
栄光なき元天才少年は野球だけでなくサッカーなどでもたくさんいる。
言い古された「努力できることが才能である」という言葉が胸に響く。
「もし」江川が高校時代にもっと練習していれば・・・周りに振り回されない環境があれば・・・
人間はとかく「もし」を過大評価し、美化してしまうから。
一人だけマスコミに取り上げられるヒーロー、どれだけ活躍しても取り上げてももらえない。
シゴキは江川だけ免除。「なんであいつだけ」と同じチームの少年たちも嫉妬と複雑な思いがあるのは想像に難くない。
面白いのが、そういうシゴキの共有体験が団結を生むということ。
「卒業後は一度も集まったことがない」と江川が言っていたのが印象に残った。
チームとして機能していなかったのだろう。
たまに野球の名門校が寮でのタバコや酒の問題が出てくるが、以前の自分は「なんでそんなことするんだろ。アスリート失格じゃないか」などと考えていたが、
そうではなくて軍隊のようなハードな練習のガス抜きとして、それくらいの悪さをしないとやってられないという面があり、それをまた教師も黙認していたということ。
なるほど。そうだよなあ。遊びたいさかりの高校生だからなあ。
江川を中心にした、元少年たちの熱い青春。
「江川は怪物だった」という記憶は成就しなかった初恋のように周りの、そしてその時代を生きた人間たちの心のなかで深く輝いているのだと思う。
脆く儚く尊い輝き
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作新学院という栃木県の高校に「江川卓」という旧知を超えた豪速球投手が出現し、当時の日本野球界全体を揺るがす程に突出したその才能が、目のくらむ輝きを放った後、ほんの1年半で損耗終息してゆく様子が著者である松井氏の綿密な取材によって描き出されています。
あの“空白の一日”の頃には江川さんはそのピークを過ぎていた訳で、それでも年平均15勝を挙げるのですから只事ではありません。だがやっぱり“あの頃”を知る野球好きは、私の亡き父もそうだったようにしつこい位繰り返し言うのです…「あの頃の江川はこんなモンじゃなかった」…当時小学生だった私には、何故これほどまで誰も彼も江川となると我を忘れるのか理解できませんでしたが、本書によって“江川伝説の核心部分”に触れ、漸く心に伝わって来ました…いかに飛び抜けた存在だったのか…そしていかに脆く儚い輝きだったのか…
本書を支える丹念な取材ぶりは、“あの頃の野球部”のムードもまた生き生きと読み手に伝えてくれます。いわゆる良識派の方々がヒステリックに糾弾するであろう“個性無視”“がんじがらめの規則”“監督のグーパンチ”そして「集合」…これらを無意味と切り捨てることは簡単です。確かに…監督にぶん殴られてカーブが曲がるようになる訳は無い…鬼先輩にケツバット喰らって打率が上がる訳は無い…そんなこと私でも解ります。しかしこれら旧日本海軍的アナクロニズムの想い出を共有する“あの頃の野球仲間”のオヤジ達がやけに眩しく見えてしまうのは何故なのでしょうか?
“打倒江川”に熱くなった当時の野球少年達は、同じ高校は勿論ライバル校の間でも対戦後には友情が芽生え、36年余を経た今もその絆が続いて…本書の取材シーンも心が温かくなるイイ感じが満ちています。
それなのにその波紋の中心にいた当事者は…“その後の作新ナイン”に関する本書237Pのエピソードは…余りにも…辛くて…悲しい…今以上に権勢を欲しい儘にしていたであろう当時のマスコミとその熱に浮かされた群衆の野放図な“欲望”の慰み物にされて…対戦校の選手にまで茶目っ気十分にチョッカイ出すほど明るく朗らかだった筈の江川少年と作新学院ナインには36年経っても消えない亀裂が生じ…日本はおろか世界の野球史まで書き換えたかもしれない巨大な才能は大学野球とプロ野球を“余生”として過ごす人生を送る結果となりました。
本書は楽しいだけの、単なる野球本ではありません。“教育とは何か”“青春は何故尊いのか”そして“報道とはどうあるべきなのか”を深く考えさせてくれる、示唆に満ちた手応えの有る一冊です。
是非お読みください。
真実の一球とは・・・
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伝説となった、作新学院・投手「江川卓」が投げ込んだ一球を、あらゆる角度と鋭
い視線で、「高校球児とは、完全にかけは離れたピッチングの凄さ」を追求した内容となっ
ている。
今から30年以上も前の高校野球の「指導方法の未熟さ」に対しても、当時の高校球児が
、体力と気力の限界まで、しごかれている様子が生々しく記述されている。当時の練習
中はいかなる理由でも、水分を補給しない「徹底した精神訓練」や環境においても、
江川はものともせず、素晴らしい成績を残して行くのである。
驚いたのは、この時代の甲子園優勝投手であっても、過酷な練習の為に、ひじや肩を故
障しており、既にプロデビュー時には肩とひじがボロボロで、十分な成績が残せなかっ
たと言う事実も紹介されている。
現在の江川卓は、当時の怪物・江川を感じさせること無く、「スポーツうるぐす」など
で、野球解説でマルチタレントぶりを十分に発揮している。
高校時代から注目され、本当に地獄を見たからこそ、明るく楽しくスポーツ解説をして
いるのではと、納得させられる感動と驚きの一冊である。
高校時代の江川は世界最高のピッチャーだった
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まず著者の綿密な取材に感心しました。そして江川と対戦したバッターは、大抵グワーとボールが来るというように擬音を使って話すらしく、著者よると、人は常識を超えた事態に遭遇すると表現の仕方がわからなくなって擬音に頼らざるをえないのだろうとのこと。当時春の甲子園で見た私も同じ意見です。
横浜高校の監督と部長が言うには、松阪など問題にならないとのこと。また後に全日本のコーチなどになった人達も「アメリカやキューバで160キロの投手も見たが、高校時代の江川の方が速かった」と断言しているらしいです。
あと江川の周辺にいた人たちの章もあって、人間ドラマとしても読むに値します。
とにかくスッキリしたいと思っている人達にとってはカタルシス効果もあると思います。