メディアの情報を鵜呑みにしないこと。
★★★★★
セルビア紛争の顛末が詳しく探れるのと同時に、
メディアによる情報には偏りがあるという事実を
改めて感じさせる本である。
著者の取材による当事者のコメントにより、
さまざまな角度から、同一局面を視る事ができる。
一方的で薄っぺらな報道が目立つ昨今、
このように詳細な取材に基づいた著作本は本当に読み応えがある。
日々、目にする新聞・TV・雑誌・CMから流されるメッセージは、
PR会社や、また、企業自身の広報戦略によって、
自身の最大の利益を産むように工夫された情報たちである。
それら膨大な情報の中から、
価値や真実を考え、自分自身の軸に従った判断することが
なくてはならない、
それを、改めて考えさせられる本である。
「泣かない赤ちゃんはミルクをもらえない」
★★★★☆
ボスニアの諺、「泣かない赤ちゃんはミルクをもらえない」とはよく言ったものだ。
当事者双方に言い分があり、どちらか一方が真に「悪」であることはまずない国際紛争。明石康氏が著書「独裁者」との交渉術 (集英社新書 525A)でも述べているように、ボスニア紛争においても、責められるべき行為は、セルビアだけでなくクロアチアもボスニアも取っていた。本書でも、多くの政治家やジャーナリストがこれを認識していた事実が描かれている。それでも世界は、ボスニア側のPR戦略によって、「セルビア追放」に動いた。
泣いた赤ちゃんがミルクを一人占めにし、もう一人の赤ちゃんを死に追いやったのである。
「真実はほうっておいてもやがては自然にしれることになる、と素朴に信じる人たちでした」とは、セルビアのPR対策を支援した米国人弁護士のセルビア人評であるが、これを読んで頻繁に国際的な舞台で批判される日本人の姿が重なった人も多いのではないかと思う。国民的気質が持つ美徳としては素晴らしいが、国益がかかった場面においては、残念ながらそんなことも言っていられない。日本の外交当局の低いPRセンスを厳しく指摘する著者の主張には同意せざるを得ない。
インテリジェンスのみならずPRによる情報戦が文字通り戦争の勝敗を決する過程がテンポよく描かれている。国際政治の場におけるメディアの役割や国家・企業の危機管理に興味のある人には大変面白い一冊だと思う。
広報という名の武器
★★★★☆
ボスニア紛争の時に行われた凄まじい広報戦略について解説したものです。
著者はNHKのディレクターで、元々は2000年のNHKスペシャルを下地にして書かれています。
本書では欧州の小国ボスニアの外務大臣が、財政難からたった一人でアメリカの広報戦略会社のスタッフ、ハーフ氏と出会うところから始まります。
当時ボスニアは隣国のセルビアと紛争を抱えていて窮地に陥っていました。
PR会社のハーフ氏は、外務大臣にマスコミ戦略について詳細なレクチャーを施し、アメリカを中心に、ヨーロッパ、国連、世界の世論を自分サイドに引き寄せるように様々な戦略を実行します。
その結果、見事に国際世論を動かしてセルビアを国連除名にし、国際的に孤立させて、紛争を有利な方向に導くことに成功します。
本書で見る限り非は双方にあり、また国力はセルビア側が有利だったにも関わらず、本来なら負けるはずの戦争を有利に導く、そのハーフ氏の手際は鮮やかで、まるで一流スポーツ選手のパフォーマンスを見るようでした。
しかし読んでいて戦慄させられたのが、このPR会社の起こす「演出」です。
日本では「空気」と呼ばれますが、これを非合法スレスレな手段を用いて自身に有利な流れに誘導すれば反対派がこの流れを逆らうのはほとんど不可能で、時に社会的に抹殺される危機すらあります。
それは戦時中の日本で国民が戦争反対を唱えること、また小泉旋風時にエコノミストが郵政民営化反対を唱えるようなものなのでしょう。
実際に、紛争当事者とは無関係で中立的な立場のカナダ軍人が、彼特有の誠実さでボスニアに不利な発言を行い、ハーフ氏に「流れを変える危険性がある人物」と判断されて政治的な抹殺に追い込まれています。
日本人は伝統的に自己主張が苦手で「正義は最後には報われる」とか「男は黙って・・・」という精神が今でも強く残っていますが、海千山千の虎狼が蠢く国際社会の中では、こうした性善説に拠って立つことはかなり不利な立場に立たされることとなってしまうでしょう。
そして本書で登場するPR会社は飽くまで情報・PRに関してのみの活動であり、一部がグレーゾーンではあってもリーガルな範囲内に留まっていますが、もしこうした活動が大国を背景にしてより大きな規模や資金で行われ、反対勢力による暗殺を装うなどの物理的な実行力を伴ったなら、国力が弱くPRに不慣れな小国がそうした流れを覆すのはほとんど不可能だろうと思わずにはいられませんでした。
本書は当事者の数多くの人物に実際にインタビューを行い、PR会社の内部資料なども詳細に検討した上で執筆されていて、NHKの時間とコストを十分にかけた丁寧な取材には驚かされました。
しかも文章が非常に読みやすく、読了まであっという間です。
また白眉なのが、著者自身がNHKといういわばPRを行う側にあり、それでいて中立な姿勢を保ちつつ、全体を冷静に俯瞰していることだと思います。
こうしたPR会社の暗躍はこうした国際社会の大舞台に関わらず、小は企業CMから一国の参議院選挙まで様々な場所に活躍の場があります。
どこかで仕掛けられた流れに安易に流されないようにするためにも、本書を読む価値は大きいと思います。
PR(バブリック・リレーション)活動のドキュメンタリー
★★★★★
91-95年のユーゴ内戦 (ボスニア紛争) におけるボスニアと米国PR会社の行った情報戦を、同じメディアであるNHKが 2002年に丹念に取材し、そのPR会社の標的になった相手にも裏付け取材を行った丁寧なドキュメンタリーだ。NHK放映時の表題は「民族浄化」。その番組に盛り込めなかった内容も盛り込まれている。表題の「広告代理店」は当時これしか日本語が引き当てられなかったのだろうが、正確には「PR会社」。つまり本書は PR(パブリック・リレーション) の役割と手法について、学ばせてくれる内容となっている。
内容は、ボスニア紛争の起こりから、その集結までを 14章の時系列に紹介。ボスニア・ヘルツェゴビナの外相に就任したシライジッチ氏とPR会社 ルーダー・フィン社のジム・ハーブ氏が、その時々をどう分析し、どのような手を打ったのか、その効果までも具体的に紹介している。10年前の内容になっているが、ルーダー・フィン社では、この紛争への協力を行った後、かかった費用を回収するために全米PR協会宛に、自分たちが行ったPR活動について詳しい報告を提出しており、関係者の曖昧な記憶に頼るのではなく、事実に基づいた内容が紹介されているので、シンプルだが非常に迫力と説得力のある内容になっている。このあたりはさすが NHK。
日本でもネットの普及により、単なるテレビCM、単なる広告というものの価値が下がってきた。その結果、広告ではない「PR」に注目が集まりつつある。広告とPRの違いについて解説する書籍も増えたので、それらを一読して前提知識を持ってから、本書を読むのがお薦め。現場で、PRのプロが何に気がつき、それに対してどういう手を打ったのか、一連のビックプロジェクトとして追体験することができる。内容には少し物足りなさは残るものの、読みやすい1冊としてお薦め。
国際社会で生き残るために、さよなら日本的倫理観
★★★★★
読み物として面白く、かつドキュメントとして読後の衝撃が自身の現実世界の認識を再考させるという、
小説と歴史本を合わせたような本。
無知な私でも楽しめました。傑作だと思います。
本作品は1992年4月のボスニア内戦勃発から同年9月の国連からのユーゴスラビア追放までの間、この戦争の
第二の戦場であったメディア界における動きを、ボスニア政府が雇ったPR会社社員を中心として描いています。
たった6ヶ月の間にこのアンチヒーローは、歴史的背景に基づく長年に渡る民族、宗教、領土紛争を、
「ナチスの再来(=ユーゴスラビア=悪)が無辜の民(=ボスニア=善)を理由なく虐殺している」という単純
かつ直情的な二元論にすりかえ、世論を誘導し、ひとつの国を国際社会から強制退場させるに至るわけです。
主人公が次々と現れる見識者を知恵をしぼって、一人、また一人と社会の表舞台からから葬っていく描写からは、
当時の現場の疾走感と絶望に近い嫌悪感を同時に感じつつも、次へ次へとページめくる手が止まりません。
大型リコール訴訟、○国の終わらない戦時賠償請求、水産資源規制問題などの攻撃を受けている我々が、
これからの国際社会で生き残るために知っておかなければいけない現実を、
他国の不幸を通して客観的かつスリリングに学ぶことができる日本人必読の本だと思います。
時系列的には8年間にも及ぶユーゴの内戦の一部しか扱ってないので、私のようにユーゴ問題の事前知識のない方は
他の本とあわせて読むとよりわかりやすいはずです。