史記の列伝を補完する新鮮な伝記
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中国を統一した秦の始皇帝がAD210になくなってから、AD202の項羽の死と高祖・劉邦による漢帝国の成立まで楚漢戦争を中心に、宮城谷氏は動乱の時代を列伝として表した。列伝とは司馬遷が創始した個人の伝記による歴史記述である。
取上げられたのは漢の功臣である張良、蕭何、夏侯嬰、曹参、陳平、周勃。楚の項羽を支えた范増。後に楚に降ったが秦の名将・章邯。独自の行動を取った陳余、田横。以上十名である。このうち史記の列伝には夏侯嬰と陳余が章を立てられたのみなので、他の八名については伝記として非常に新鮮である。登場人物全てが魅力的だ。他の策士や武将も十名の周囲に登場し、全体で時代史になっている。
楚漢戦争というと前政権の秦は全く無力になったように聞えるが、名将・章邯の活躍は決してそうではないことを示している。また、漢帝国成立の際の論功行賞で武功のない蕭何が首位だった。それは本拠地を守って劉邦軍に食糧を安定供給し続けたことを評価したからだ、という挿話はさすがに高祖・劉邦の慧眼と納得できる。
本書について言えば、一葉でも地図があればもっと理解が深まるのに、と惜しまれる。
「項羽と劉邦」を支えた人々
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「春秋名臣列伝」「戦国名臣列伝」に続く、激動の時代に出現した名臣を扱ったシリーズ第3作です。
「楚漢戦争」と言う余り耳慣れない言葉も、「項羽と劉邦」と言う二人の争いの時代と言われれば良く解ります。
このたかだか十年程度の短い期間ですが、その間にもこれほどの「名臣」と言える人物が登場しているのかと驚かされます。
人は時代の要請によって生まれてくるのでしょうか。
このシリーズの楽しみは、同じ歴史を別の人物の視点から見られる事です。
この事により、歴史の深みを知ることが出来るとともに、人と人の意外な結びつきを知ることが出来たりします。
更に、何よりもその時代に生きた人々の力強さが、私たちに勇気を与えてくれるます。
今後もこのシリーズを楽しみにしています。
「殺しあいと騙しあいという次元の低さにある楚漢戦争」の歴史観が影響か?
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導入部「楚漢の時代」に続き、列伝が編まれているのは以下の10人。
張良
范増
陳余
章邯
蕭何
田横
夏侯嬰
曹参
陳平
周勃
「春秋名臣列伝」「戦国名臣列伝」より少ない分、一人あたりに割かれているページ数は多い。”名臣”は国に仕え続けることで生まれる故に、楚漢戦争期のような10年程度の動乱期から探し出すのは難しいのかもしれない。くわえて、著者自身が楚漢戦争を「殺しあいと騙しあいという次元の低さにある」(著作「香乱記」)と見ていることも少なからず影響していると思われる。
いつもの清らかな史観があまり感じられないが、その分丁寧に、精緻に史実を記そうとしている。秦王朝が定めた天下三十六郡の名称すべてを列挙した点などは顕著な例で、司馬遼太郎亡き今、そのような心を持つ小説家を著者以外に知らない。
楚漢闘争時代の英雄たちが縦横無尽に活躍
★★★★☆
宮城谷史観が全開。小説では欠かせないラブストーリーこそないが、裏切りと信義、偶然と必然が交錯する歴史の中で一人ひとりの人物が生き生きと動き出す。鴻門の会などを両サイドから眺めてみるのも一興。