向こう側とこちら側の先
★★★★☆
「思春期」という誰もが通過する時期を「心理療法」と「村上春樹」という視点によって展開したものです。「向こう側」と「こちら側」という世界の中で生まれ、そして死ぬこと…。
表層だけではなく深層にまで掘り下げることによって、本質というものが見えてくるのではないでしょうか。
劇薬のような魔を秘める
★★★★★
やわらかい語感の表題であるが、奥行きの深い内容で、悪魔的な魅力すら秘めている恐るべき書である。
岩宮氏は大学の助教授で臨床心理士。そして、村上春樹の小説に、オタクと冠してもいい程傾倒している人物でもある。
本書では「羊をめぐる冒険」から「海辺のカフカ」まで、多数の村上春樹の作品世界から引用しながら、村上小説の読み解き方を、臨床心理の地平から案内。同時に、村上の作品世界を手掛かりにして、人のこころの世界のありようを見つめてゆく。
そもそも村上春樹の小説の登場人物には、生きることに微妙な居心地の悪さを感じ続ける人や、心を病む人、そしてその末に死を選ぶ人などが数多く登場する。また、異次元との往還を思わせる不可思議な展開も多い。
そういったある種の神話的な構造すら連想させる村上春樹の作品世界の成り立ちが、読み手のこころに、示唆と救済を与えるのではないか。それが著者岩宮氏が村上春樹の世界を案内する視座である。
一方、村上春樹の小説だけでなく、著者がカウンセリングの現場で向き合った実際の臨床例も、効果的に織り込まれる。本書の“縦軸”として、引きこもりを続ける少女とその母のこころの変化が、治療の進行に沿って紹介されていくのである。
この母娘の臨床例は、不思議な出来事の連続で驚かされる。私にはまるで超科学的な世界にすら感じられた。
本書のキイワード(概念)は
「こちら側」と「向こう側」、
さらに、これに対応しているのだが
「見える身体」と「見えない身体」。
主にこの概念を用いて、ひとのこころの深奥に
深く分け入ってゆく。
幾分抽象的な記述の積み重ねになる部分もある。その為「見えない身体の位相」といった概念を実感を伴って想像出来ない読者には、呑み込みにくい内容になるかもしれない。
向こう側の位相を感じながら生きることは、より自分らしい生き方に近づく、と示唆する本書。しかし、異界の淵を覗くことで日常が破壊される危険性もある、という「注意書」も添えられている。
劇薬のような魔を秘めた刺激的な書である。
村上春樹ガイドとしても秀逸です
★★★★☆
本書の著者は、村上春樹の世界を仲立ちにして、心理療法の過程で起こる様々な出来事をやさしい眼差しで描いてくれています。
村上春樹の著作は数冊読んだことがあるもののその世界観に入れずにいたのですが、本書に語られる「異界」をキーワードにもう一度読み直すことで、その深さが少しわかったように思います。
コアな村上ファンにとっては賛否両論なのでしょうが、優れた村上春樹入門書だと思います。
まじめなお話
★★★★☆
わたしのような感覚人間B形にはちょっと難しい本。先に初めて村上春樹の「海辺のカフカ」を読んだのだけれど、心理療法士や、ソノ手の領域で村上春樹の小説がこころの窓の中を覗く一助となっているとは、トーンとしらなんだ。
ただ読んでいて思ったこと。
わたしが、いま51になって思い出すのは、自分が高校生時代、死ぬのがとても怖かったこと。ある日突然、死を意識して自分が何れ何時の日か死ぬことを恐れ、夜寝てまでも、奈落の底に真っ暗な中を落ちていく自分の夢を見た。
自分というものを意識した。
人とのかかわりを意識した。
そんなことを思い出した。
青春という時期。
自分の内臓物をとことん意識して、異界との接点を意識する。
そんな時は、誰にでもある。
その時期をどう生きるか。
どう納得するか。
村上春樹の世界を通して、臨床心理療法士の立場から一考察を述べている。
初めて納得できる村上本に出会った!
★★★★★
なぜ、羊男はずっといるかホテルに存在していたのか、なぜ、ミュウは観覧車から自分の姿を見ることになったのか、
なぜ、クミコはトオルの側から消えなくてはならなかったのか、
「向こう側」とか「あちら側」は私たちの日常とどう関係しているのか・・・
その他、村上作品のさまざまなモチーフについて、深い考察が提示してある。
今まで様々な村上作品の解説本を読んできたが、ここまで納得できるものは初めてだった。
そう言えば、ダ・ヴィンチ誌上で堺雅人が、心理療法で人を深く理解することと、役を深く理解することの共通点を
この本から感じたと述べていた。
この筆者は、多分、クライエントを理解しようとする姿勢と同じ姿勢で村上作品へ向かっているのだろう。
そこに堺雅人を触発するものがあったのかもしれない。
ともあれ、今まで考えたこともないベクトルから村上作品について考察してある良本であり、
またすべての村上作品を読み返したくなった。