前半はテンマの婚約者だったエヴァの物語です。3度の離婚を経験した後、アルコール依存症に陥っているエヴァに、“モンスター”ヨハンの魔の手が忍び寄ります。人を信ずることを捨てて生きてきた彼女ですが、この一連の展開の最後には「食卓」の場面が用意されています。人々が集って日々の糧を摂る行為は、命を明日につなぐ営みであり、食卓とは人との温もりある触れあいを感謝の念と共に感じるべき場所です。命を賭した追いつ追われつの物語の中で、わずかに心休めることができるこの場面は、人生のささやかな幸福に目を向けることを読者に呼びかけています。
そして後半の特徴はヨハンが初めて素顔を白日のもとにさらしながら物語の中を歩き回る点にあります。舞台をミュンヘンに移し、私たちはヨハンの謎めいた行動にしばらくつきあうことになるのです。
後半で物語の軸となる人物は、実母の面影を探しつつ実父の闇にこだわりを見せる学生カールです。しなやかさを失ったかのような彼の心に、ヨハンは柔和な面立ちをもって巧みに入り込んでいきます。ヨハンに対して心許す思いを抱きはじめるカールですが、そのまさに「人が人に対して寄せる信頼の念」を利用していくヨハンの醜悪な心根を、その整った笑顔の向こうに感じて私たちは慄然としないではいられません。